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街角ことば拾い

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/20 西新宿・十二社 「314番地でしたよ」 摩天楼に消えた町名 /東京

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地元商店街に「十二社」の名が残る 拡大
地元商店街に「十二社」の名が残る

 JR新宿駅西口から5分ほどバスに乗り、「十二社池の下」のバス停で降りた。じゅうにそう――と読む。紀州・熊野三山から十二の神々を移し、この地に熊野神社を建ててまつったのが由来だ。9月半ば、秋の例大祭が行われた。

 「十二社」の地名は昭和の時代に消えた。都市化に伴い、住居表示をわかりやすくするためだった。周囲に料亭や茶屋が建ち並ぶ行楽地、十二社の「池」も埋められた。

 一帯は角筈(つのはず)と呼ばれた。浅田次郎の短編「角筈にて」は子どもの時に「角筈」のバス停で父親に捨てられた過去を引きずる男の切ない物語だ。

 「淀橋、柏木、十二社といった新宿界隈(かいわい)の古い地名は、もう地図の上にも見当たらない。たかだかの便宜のために、生まれ育ったふるさとの名が消されるのは、まったくもって理不尽な話だと、酒をくみながら保夫は言った」

 神社に近い「そば処 福助」は風間守さん(71)と久美子さん(72)の夫婦が営む。新潟から上京した久美子さんの両親が戦後、バラック小屋から始めた。店は十二社の池の端にあった。古い写真がたくさんとってある。

 「ほら、これがうち。近所の子が冬に店の2階から池に落ちてね。温泉に連れて行って体を温めて……」。新宿の憩いの場だったその「十二社温泉」ももはやない。

 「1962年ごろ」と記されたカラーの航空写真がある。水色の巨大なプール。首都の給水を担った淀橋浄水場だ。跡地に新宿副都心の摩天楼ができた。最初の高層ビル・京王プラザホテルが建って半世紀。今も再開発の巨大プロジェクトが急速に進む。

 摩天楼の下で商店や住宅は減った。それでも地域の絆は意外なほど強い。商店主は住民とバス旅行に行き、熊野神社の例大祭ではみこしが練り歩く。

 消えた地名は「十二社商店親睦会」に名をとどめる。風間さんが義父から引き継いで会長を務める。

 「ひまわり商店会に名前を変えようかという案も出ましたが、この名前のままでよかったと思います」

 街にはめまぐるしく変貌する未来と、変わらぬ過去が同居する。久美子さんに住所を尋ねた。

 「昔は十二社314番地でしたよ」【花谷寿人】(毎月第2、第4土曜日に掲載します)

〔多摩版〕

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