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安倍晋三元首相銃撃

2022年7月8日、演説中の安倍元首相が銃撃され、死亡しました。その後の「国葬」にも疑念が…。

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「人の死を国は利用するな」 戦時中の国葬を記憶する95歳の警鐘

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戦死した山本五十六・元連合艦隊司令長官の国葬で葬列を見送る人々=1943年6月5日
戦死した山本五十六・元連合艦隊司令長官の国葬で葬列を見送る人々=1943年6月5日

 95年の人生で、国葬を経験するのは天皇や皇族を除けば5度目となる。京都府八幡市の元高校教諭、小畑哲雄さんは静かに、きっぱりとした口調で語った。「人の死を国や政治のために利用するのは絶対にあかん」。27日に近づいた安倍晋三元首相の国葬。戦前、戦中、戦後を生きてきた古老の目に映る国葬の「危うさ」とは何なのか。

国葬で戦意高揚、若者を戦地に

 校庭に丸刈りの男子生徒約1200人が整列した。1943年6月5日、旧制熊本県立熊本中学(現県立熊本高校)。鈴が鳴り、教師が「黙とう!」と呼び掛けると、生徒らは静かに目を閉じた。当時15歳の小畑さんもそこにいた。

 この日、東京の日比谷公園では元連合艦隊司令長官、山本五十六の国葬が営まれていた。

 旧日本海軍を率いた山本は、太平洋戦争で真珠湾攻撃などの作戦を指揮し、同年4月に戦死。26年に制定された「国葬令」は国家に「偉勲のある者」に対し、天皇の特別な意向として国葬をすると定めていた。山本は皇族や華族以外で国葬された初のケースだった。

 国葬の前後、ラジオでは海軍が「予科練に志願せよ」と学生向けに呼び掛けていた。予科練は海軍飛行予科練習生の略称。少年を飛行兵として戦争に動員する狙いだった。

 10代の小畑さんに反戦の気持ちはなかったが、積極的に志願はしなかった。すると、小畑さんを含め、志願しない生徒約500人が学校の剣道場に集められた。…

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【安倍晋三元首相銃撃】

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