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東日本大震災

2011年3月11日に発生した東日本大震災。復興の様子や課題、人々の移ろいを取り上げます。

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震災被災地に「最大級の津波」の波紋 復興住宅や避難所も浸水か

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「また津波が来ても、あのあたりで止まると思いまちづくりを進めてきた」と災害公営住宅の階段から海の方角を指さす小野竹一さん。東日本大震災の際、津波はあおい地区南側を走るJR仙石線を越えてはこなかったという=宮城県東松島市で2022年9月10日午後5時30分、百武信幸撮影
「また津波が来ても、あのあたりで止まると思いまちづくりを進めてきた」と災害公営住宅の階段から海の方角を指さす小野竹一さん。東日本大震災の際、津波はあおい地区南側を走るJR仙石線を越えてはこなかったという=宮城県東松島市で2022年9月10日午後5時30分、百武信幸撮影

 発生から11年半が経過した東日本大震災の被災地に波紋が広がっている。岩手、宮城、福島の3県が公表した「最大級の津波が発生した場合の浸水想定」で、災害公営住宅(復興住宅)や避難所の多くが浸水にさらされる恐れがあると判明したからだ。災害に強いまちづくりを進めてきた被災地では住民から不安の声が上がり、防災対策の見直しを迫られている。毎日新聞は3県の想定データを基に、復興住宅と避難所への浸水がどれほどに及ぶのかを独自に分析した。

「安住の地」に津波の恐れ

 「震災の時に『想定外』というものを体験した。だからどんな想定でも受け止めるつもりだ。ただ、行政が安全な場所として整備した場所に引っ越したのに、街ができた後になって津波が来ると言われても……」

 1133人が犠牲となった宮城県東松島市の「あおい地区」で地区会長を務める小野竹一さん(74)は戸惑う。

 あおい地区は海岸から約4キロ離れた復興住宅が集まる地区。戸建てと集合住宅が混在し、約600世帯が住む。かつて一帯は田んぼで、震災時は農業用水路の水があふれたものの、津波は及ばなかった。だが、「津波浸水想定」では浸水域に含まれ、水深は「1メートル以上3メートル未満」と見込まれた。

 あおい地区の住民を含む多くの被災者は、行政の求めに応じてそれまで住んでいた土地を手放し、内陸や高台に集団で移り住んだ。だが「安住の地」と信じた場所にも津波が来る恐れがあるとされたことで、住民には衝撃が広がった。

 小野さんは、市内の大曲地区にあった自宅を津波で流され、仮設住宅を経てあおい地区に移住した。被災した住民が集団で移転する前からまちづくりについて話し合いを重ね、結束の強まりとともに自主防災活動も活発に行ってきた。「はじめから津波が来るとわかっていたら、海側に水の勢いを弱めるブロック塀を設けるなどの対策をとることも考えた」と小野さんは言う。

東日本大震災を上回る浸水想定域

 あおい地区が浸水域に含まれるとした津波浸水想定は、「津波防災地域づくり法」に基づき都道府県が作成する。被災3県では日本海溝や千島海溝を震源とする大地震で予想される津波や、東日本大震災で発生した津波、明治期以降に起きた大津波などをもとに、最大級の津波に見舞われた場合に浸水がどれほどの範囲、深さに及ぶかを予想している。岩手県が今年3月、宮城県が5月に公表した。福島県は2019年3月に公表し、今年8月に改定した。想定で示された最大級の津波の発生頻度は数百~1000年に1回だが、実際に起きた場合の被害は極めて甚大だ。

 想定によると、浸水域の広さは、岩手県で99・8平方キロ、宮城県で391平方キロ、福島県で138・85平方キロに達する。3県をあわせた浸水域の面積は東日本大震災の約1・3倍に上る。

 東松島市の場合、市域のほぼ半分の49・2平方キロが浸水すると想定された。東日本大震災で浸水した区域(37平方キロ)の1・3倍の広さで、市役所も浸水する。

 小野さんらあおい地区の住民は、これまでは海側から避難してくる地区外の人らの受け入れを想定し、防災訓練を進めてきた。だが「自分たちの住む地区に津波は来ない」との前提が崩れたことで対策を見直す必要に迫られている。

 「住民がやみくもに逃げれば混乱し、より危険な沿岸部の人の避難を妨げることになる」との懸念から、地区で最も高い5階建ての復興住宅に、平屋などの住民を受け入れてもらう「垂直避難」を検討している。市が改定するハザードマップが完成したら地区の防災マニュアルも作り直す方針だ。「どういう場合に避難すべきなのかを判断するのは難しい。国や関係機関は浸水の想定について公表するだけでなく、避難しやすい仕組みを作ってほしい」と小野さんは話す。

 東松島市は戸建てと集合住宅を合わせて復興住宅が17カ所あり、あおい地区を含む12カ所で浸水の恐れがあるとされる。あおい地区以外の地区でも「近くに高台はなく、どこに逃げればいいのか」など不安の声が上がる。

対応を迫られる自治体

 各自治体は、避難所の設置場所の見直しにも迫られている。

 岩手県北部の久慈市は、東日本大震災の時の3・6倍に相当する13・1平方キロが浸水すると想定された。避難所は25カ所あり、そのうち3カ所で浸水が見込まれている。市は今年度中に設置場所を見直す方針だ。田中淳茂・市消防防災課長は「避難所に使える公共施設には限りがある。民間の協力も得たい」と話す。

 市ではこのほか、震災で被災しなかった築48年の市庁舎が最大で6・85メートル浸水するとされ、市は庁舎の建て替えや移転を検討している。5月に新築されたばかりの県警久慈署も浸水する見込みだ。

 ただ、人口3万人余の久慈市に財政上の余裕は少ない。遠藤譲一市長は9月5日の記者会見で、巨大地震対策を巡る国の補助について「不十分だ」と述べ、「市庁舎の建て替えや移転も控えており、(現行の補助制度とは)別の方法で手当てしてほしい」と訴えた。

 県南部の釜石市は、震災時の1・6倍に相当する12平方キロが浸水し、2カ所の避難所でいずれも5・4メートルの浸水に見舞われると想定されている。2カ所で受け入れ可能な避難者は計1150人だが、市は両方とも9月末に廃止した。

 釜石市が新たな避難方法として模索しているのは、内陸側に隣接する遠野市への「広域避難」だ。釜石、遠野の両市は21年、豪雨災害が起きた場合に釜石市が遠野市の運動公園駐車場を避難場所として借りる協定を結んだ。釜石市の佐々木道弘危機管理監は「予想される浸水域が広がって避難者の増加が見込まれる。津波の避難でも遠野市の協力を得たい」と期待する。

 宮城県石巻市には市内にある避難所91カ所のうち32カ所で浸水が想定されている。市街地では住民が避難しやすい高台は少なく、避難所が浸水した場合も代わりの避難場所を探すのは難しい。財政上、ハード面の対策に多額の追加費用を投じるのは難しい状況だが、市危機対策課の担当者は「ソフト面の対策だけでカバーしきれるだろうか」と懸念を示す。

復興住宅の44%が浸水域に

 被災3県の防災対策に深刻な影響を与えている津波浸水想定。浸水域がこれまでの想定より広範囲に及ぶことから、各自治体は、住民説明会の開催やハザードマップの見直しに乗り出している。しかし浸水域にある復興住宅と避難所の位置や名称を網羅した自治体公表の資料はない。そこで毎日新聞は、どれだけの復興住宅と避難所が浸水域に含まれるのかを独自に分析した。

 分析には、位置…

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