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学校は自分に合わない――。入学式から半年後、小学1年だった長男カズヤさん(仮名、16歳)は登校を拒み、母親に訴えた。勉強のレベルや生活態度を一律に管理するシステムに、子どもなりの違和感を覚えたようだった。母親は説得を試みるが、意志が強いカズヤさんはだんだんと追い詰められていく。そして、我が子から決して聞きたくない言葉を投げつけられた。「僕を刺してほしい」。母親は、ある決意をする。
小学校に絶望した長男
2013年9月、夏休みが明けて数日後だった。「学校に半年通ってどんな場所か分かった」。小学1年生のカズヤさんは「学校をやめたい」と口にした。母親の生駒知里さん(44)=川崎市=は動揺を隠せなかった。

1学期は元気に登校し、夏休み中は家族でキャンプを楽しんでいた。体調の異変や学校でのトラブルはなかったが、少し前にポツリと「学校ってやめられないのかな」と漏らしていた。生駒さんはその時は「学校はやめるやめないを考える場所じゃないよ」と返事をしていたが、今回のカズヤさんは心を決めたようだった。
「自分が勉強したいことを自分が勉強したいタイミングでやりたい。でも学校はそれができない。先生に『今日はこれをやります』と言われたら、その通りにやらなきゃいけない」
こう理由を語る息子に、生駒さんは「意志が強い性格だから言い出したら聞かないだろうな」と感じたが、まずは「先生に話しておくから行ってごらん」と学校に送り出した。しかし、帰宅したカズヤさんは「ママは(学校の環境は)変わるって言うけど全然そんなことはない」と荒れた。

「国語(の授業)で何をやるかはみんなで話し合って決めたいけど、自分1人でそんなことは言えない」
「トイレもみんなが好きなタイミングで行ければいい。でも、(授業中に)『先生、トイレに行きたいです』とは言えたけど、それ以上は言えない」
それでも学校に通わせているうちに、9月の残暑の時期だったにもかかわらずカズヤさんは長袖を着ながら「寒くてたまらない」と言うようになった。自律神経に変調を来しているように見えた。夫がカズヤさんを無理やり自転車の後ろに乗せて学校に向かうと、走行中に飛び降りて逃げた。幸いにけがはなかった。
担任教師は「学校では授業中も好きに本を読んでいていいから」とカズヤさんの訴えに一定の理解を示してくれた。だが、暗に同調を求められる教室に通い続けなければならないことにカズヤさんは絶望した。ある日帰宅すると、思い詰めた表情で生駒さんにこう言った。「僕を刺して」。親として聞きたくない言葉だった。生駒さんは「わずか7歳の子がこんな言葉を使うなんて信じられない」とショックを受けた。
偏見をなくすために
カズヤさんの状態を重く見た生駒さんは、無理やり学校に行かせることはやめた。
自らが「先生」役として自宅で勉強を教えることにした。大縄跳びをしながら足し算のクイズを出すなど手探りの日々。カズヤさんは、関心を持ったテーマでは大人以上に詳しくなることもあり、自宅の庭の石を標本などで調べるうちに、生駒さんが知らない地層や鉱物などの知識を逆に教わるようになった。次第に自信を取り戻したようだった。

しかし、小1の12月のある日の夜、カズヤさんは突然「学校に行っていない僕は脳が退化して大人になれないんだ」と後ろ向きな言葉を口にした。親戚の家に遊びに行った時、不登校について何かを言われたようだった。
生駒さんの周囲も学校に通わせるよう促す人ばかりで、「学校に行かせようとしたけど無理だった」と説明しても理解してもらえなかった。カズヤさんの気持ちは受け止めていたつもりだったが、落ち込む様子を見ると「私も本当の意味では受け止められていなかったのかな」と葛藤した。
親が子どもの個性を肯定するメッセージを出しても、子どもは社会の否定的な空気を敏感に感じ取ってしまう。生駒さんがそんな悩みを抱えていた頃、自閉症への理解を深めるための啓発活動に取り組む一般社団法人「川崎市自閉症協会」の代表理事を務めていた明石洋子さんの講演を偶然聴いた。
明石さんは、自閉症の長男徹之さんを紹介する「てっちゃん便り」などを地域の人たちに配り、少しずつ理解者を増やしてきた。目指すのは障害者への差別・偏見がない「心のバリアフリー」の社会だ。明石さんに共感した生駒さんは、自らも不登校への偏見をなくす活動に取り組むことを決意した。
賛同施設・団体は400超
生駒さんは17年、学校に行くのがつらい子が平日の日中に立ち寄れる場所を増やす「多様な学びプロジェクト」を本格的に始めた。趣旨に賛同した施設や団体が「鳥が羽を休めるためのとまり木」をイメージした共通のステッカーを貼り、子どもや保護者に気軽に利用してもらうことを目指す。

活動はネット交流サービス(SNS)や口コミで広がり、賛同施設・団体はフリースクールやカフェ、図書館や児童館、工作教室など多岐にわたる。ホームページで公表している「とまり木マップ」の施設・団体は全国で計400を超えた。
このうち、川崎市の公設民営の遊び場「川崎市子ども夢パーク」所長の友兼大輔さんは「子どもがいつでも自由に来られる場は本来は地域に一つは必要だ。多くの町に広がることは大きな意味がある」と話す。
生駒さんは6男1女を育てながら活動を続けている。不登校だったカズヤさんは今、通信制高校の1年生だ。「小中学校で不登校になっても高校や大学に行く子もいれば、社会人になる人もいる。不登校だけで未来が閉ざされてしまうことはないし、味方の人が必ずそばにいるんだよと伝えたい」と語った。【田中裕之】