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読書の秋が深まってきましたが、いかがお過ごしでしょうか。銃撃事件で死去した安倍晋三元首相の机の上に、政治学者の岡義武著「山県有朋」が残されていました。菅義偉前首相が国葬の追悼の辞で明らかにしたのを聞き、驚きました。たまたま私は、この本(岩波文庫版)を直前に読み終えたばかりだったからです。なぜ安倍氏は机上に置いたままにしたのでしょうか。【論説室・野口武則】
6月17日付の安倍氏のフェイスブック(FB)を見ると、2日前に葬儀が行われたJR東海の葛西敬之名誉会長を追悼する言葉として、伊藤博文が暗殺された際に山県が詠んだ歌が引用されている。本の該当部分に線を引き、折り目を付けたのは、目印にしたためだろう。
通常国会が6月15日に閉会し、参院選が事実上始まっていた。安倍氏は候補者応援で全国を飛び回り、衆院議員会館に戻る機会がほとんどないまま7月8日に銃撃された。
2015年1月12日付のFBには、この本を「読了」したと写真付きで投稿している。読んだのは、緑表紙の岩波新書版(初版1958年)だったことが分かる。薦めたのは葛西氏だった。
「山県有朋」は葛西氏の追悼で引用された後、単に置き忘れただけなのか。それとも――。
文章を引用する際、どのような文脈か前後を読んで確認するのが自然だ。かつて読んだ本を再び手に取った際、第2次政権を退いた安倍氏の心に留まるものがなかっただろうか。そして後日読み直そうと、しまわないでおいた可能性はないか。
長州(今の山口県)出身の山県は明治時代に首相を2度務めた後、1922(大正11)年に死去するまで元老として政権に影響を与え続けた。伊藤の死後に並ぶ者がない実力者となったが、伊藤をしのんだ歌が登場するのは、新書版の本文195ページの約半分を過ぎた108ページ目である。それ以後の絶対権力者として振る舞う山県のすごみが読みどころだ。
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