戦後最悪の炭鉱事故 入院したままの患者も CO中毒、後遺症今も

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旧三井三池炭鉱での炭じん爆発事故の慰霊碑に刻まれた友人の名前を指さす芳川勝さん=福岡県大牟田市で2022年10月1日午前9時49分、城島勇人撮影
旧三井三池炭鉱での炭じん爆発事故の慰霊碑に刻まれた友人の名前を指さす芳川勝さん=福岡県大牟田市で2022年10月1日午前9時49分、城島勇人撮影

 国内のエネルギー供給源が石炭から石油へと転換するきっかけとなった1962年の原油輸入自由化から今月で60年。炭鉱はその後、次々と姿を消し、日本の戦後復興を支えた陰で多くの犠牲を生んだ過去も風化が進む。「炭鉱の悲惨な歴史を後世に伝えたい」。458人が亡くなり、戦後最悪の炭鉱事故となった63年の旧三井三池炭鉱三川坑(福岡県大牟田市)での炭じん爆発事故。三池炭鉱労働組合の最後の組合長だった芳川勝(まさる)さん(79)=大牟田市=は慰霊碑の建立や今も後遺症に苦しむ一酸化炭素(CO)中毒患者の救済に奔走する。

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