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ペリーから逃れた岡山人・備中徳兵衛漂流記

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ペリーから逃れた岡山人・備中徳兵衛漂流記

/47 帰国へ意見二分 「脱黒船」派は徳兵衛ら9人 /岡山

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栄力丸の楫取(一等航海士)だった長助の肖像イラスト(兵庫県播磨町郷土資料館提供)
栄力丸の楫取(一等航海士)だった長助の肖像イラスト(兵庫県播磨町郷土資料館提供)

 1852年夏の香港。暑い日が続いていた6月下旬~7月とみられる時期、岡山県倉敷市出身の徳兵衛や鳥取県湯梨浜町出身の文太(利七)ら日本人漂流民一行は、地元の神社らしい場所で神主のような老人に「日本に早く帰りたいなら、まず、南京に行きなさい」と助言された(F・カルビン・パーカー氏の「仙太郎」ほか参照)。

 文太の体験記「漂流記談」や徳兵衛の「漂客夢物語」(愛知県西尾市岩瀬文庫蔵)、兵庫県播磨町出身の清太郎の漂流体験記などを総合すると、老人が勧めた日本帰国プランの概略は次のようなものだった。

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