連載

余録

毎日新聞朝刊1面の看板コラム「余録」。▲で段落を区切り、日々の出来事・ニュースを多彩に切り取ります。

連載一覧

余録

浅間山の「天明大噴火」が起きたのは…

  • ブックマーク
  • 保存
  • メール
  • 印刷

 浅間山(あさまやま)の「天明(てんめい)大噴火」が起きたのは江戸後期、1783(天明3)年夏だった。土石のなだれや泥流などで約1500人が犠牲となった。群馬県嬬恋(つまごい)村の鎌原(かんばら)地区は地域ごと土石にのみ込まれ、477人が亡くなった。石段を上がり観音堂に避難するなどした93人が助かったと伝えられる▲その嬬恋村で当時の状況を調べ、復興の歩みを伝える取り組みが進んでいる。鎌原地区の発掘調査を昨年、約30年ぶりに再開した▲前回の調査では、現在15段ある観音堂の石段がもともと50段あり、下部は土石で埋もれたことが確認された。そこでは、折り重なるように倒れた女性2人の遺骨が見つかった。老人をもう1人が背負い観音堂に逃げようとしたが、間に合わなかったとみられている▲今回の発掘では集落だった区域を確定させ、国指定の史跡とすることを目指す。土石の下から、生活に使われた遺物が見つかる期待もある▲これと並行して、同村の「嬬恋郷土資料館」は広域にわたる被災状況や再建の歩みをまとめた「災害と復興 天明三年浅間山大噴火」(新泉社)を出版した。豊富な図で当時の状況を説明し、被害を伝承する行事など地域文化についても解説している▲集落が一瞬で土石に覆われた鎌原の悲劇を、火山噴火のため埋没したイタリアの古代都市・ポンペイになぞらえる声もある。「大噴火の恐ろしさと再建の努力を忘れてはなりません」と資料館長の関俊明さん(59)は語る。災害国・日本が継承すべき貴重な歴史と教訓である。

あわせて読みたい

マイページでフォローする

この記事の特集・連載
すべて見る

ニュース特集