平安時代の「腰帯具」出土 渤海使節がもたらした? 大津・穴太遺跡

  • ブックマーク
  • 保存
  • メール
  • 印刷
穴太遺跡から出土した文様入りの腰帯具=大津市滋賀里1の市埋蔵文化財調査センターで2022年10月24日午後3時0分、菅健吾撮影
穴太遺跡から出土した文様入りの腰帯具=大津市滋賀里1の市埋蔵文化財調査センターで2022年10月24日午後3時0分、菅健吾撮影

 大津市文化財保護課は30日、同市弥生町の穴太(あのう)遺跡での宅地造成工事に伴う発掘調査で、平安時代(9世紀後半~10世紀)の小川の跡から役人が地位を示すため帯につけた腰帯具が出土したと発表した。腰帯具には文様があり、同種の物の出土は国内3例目。過去2例とは異なる文様で、専門家は「当時日本と直接の交易のない契丹系の文様要素がある」とし、中国北方沿海部の渤海や北方内陸部の契丹から伝わったとみている。

 同課によると、出土した腰帯具は縦2・7センチ、横3・2センチの金銅製で巡方と呼ばれる部分。平安時代の国産巡方はほとんどが石製で、外来のものと考えられる。国内で過去に出土した金沢市、前橋市のものとは異なり、中心部に「忍冬文」と呼ばれる文様があり、韓国・済州島の龍潭洞遺跡から出土したものと酷似しているという。

この記事は有料記事です。

残り163文字(全文518文字)

あわせて読みたい

ニュース特集