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国軍による昨年2月のクーデターで軍政に逆戻りしたミャンマー。多くの国民は今も軍政の弾圧にあえぎ、凶弾の犠牲となっている。樋口建史・前駐ミャンマー大使は、クーデターで実権を握った国軍司令官と何度も面談したことがある。国軍がなぜ、ひょう変して苛烈な弾圧を続けるのか。司令官の気質やミャンマー情勢を深く知る樋口氏は「日本政府が、国民の信頼を失った軍政を認めて支援するという選択肢はない」と話す。【聞き手・矢野純一】
当初は狩り用の銃で抵抗
――ミャンマーでは、今も国軍による民主派勢力への弾圧が続いています。
◆国軍の想定をはるかに超えて、市民の根強い抵抗や、民主派勢力による反撃が続いている。経済面でも、深刻な外貨不足や、それに伴う物価の上昇が続いている。国軍は平和的なデモで抗議していた人たちを、容赦なく武力で鎮圧した。そのため、ほとんどの国民はミンアウンフライン国軍司令官率いる軍事政権を支持していない。国民の信を失った政権が永続するはずはない。
一方で、民主派勢力は当初、狩り用の銃や手製の武器などで抵抗していた。現在は海外からの寄付などで、十分とは言えなくとも、近代的な武器を入手しているようだ。国軍兵士側にも死傷者が出ている。
――2011年まで続いた軍政時代にも民主化勢力に対する弾圧はありました。当時と今の軍政に対する国民の受け止め方は違いますか?
◆以前の軍政も、民主化運動を弾圧した。一方で、1948年の独立を成し遂げ、国家と国民を守ってきたのは国軍であり、その責任を負うことができるのは国軍であると主張してきた。当時、この国軍が掲げる大義に対して、一部の国民も受け入れる余地があった。また、それなりに国際社会や東南アジア諸国連合(ASEAN)との関係を保ち、バランスを取ろうともしていた。
しかし、現在の軍政は以前の軍政と本質的に違う。武力による鎮圧は以前とは比べものにならない。虐殺と言ってもよいほどだ。また、アウンサンスーチー氏率いる国民民主連盟(NLD)の元議員を含む4人の民主化運動活動家の死刑を執行するなど、国際社会の声を聞き入れる姿勢を全く持っていない。国軍の残虐さを改めて認識させるもので、対話による平和的な問題解決がさらに遠のいた。
国軍が変質した訳は
――国軍はなぜ、これほど変質したのでしょう…
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