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「時期尚早だった」プロ野球のビジネス化求めたオリックス・宮内氏

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日本一になり、選手らから胴上げされるオリックスの宮内義彦オーナー=神宮球場で2022年10月30日、西夏生撮影
日本一になり、選手らから胴上げされるオリックスの宮内義彦オーナー=神宮球場で2022年10月30日、西夏生撮影

 歓喜に沸く選手たちの中心に歩んでいったスーツ姿の老紳士が5回、胴上げされた。10月30日の東京・神宮球場で宙を舞ったのは、26年ぶりに日本一となったプロ野球・オリックスの宮内義彦オーナー(87)。今季限りでの退任を発表していた名物オーナーは「個人的には最上の締めくくりだと思う」と有終の美を喜んだ。34年の長きにわたった球団経営との関わりは、プロ野球とビジネス感覚を結びつける努力の軌跡でもあった。

 リースを起点に事業を拡大してきた宮内氏は1988年、球団経営に乗り出した。社名を「オリエント・リース」から「オリックス」に変更すると決め、知名度を高めようと阪急から球団を買収した。「何の会社か分からないのにオリックスの名前は売れた」と効果は抜群だった。当時のプロ野球は赤字経営の球団が多く、親会社が広告宣伝費として穴埋めしていた。91年に兵庫県西宮市から神戸市に本拠地を移し、チーム名もオリックス・ブルーウェーブに変更した。

 だが、事業の経験が豊富な宮内氏は従来の球団経営にすぐに違和感を覚える。「収入以上に支出を出すことは事業になっていない。野球をビジネスとしてきっちり成り立たせたかった」。そのために重視した一つが地域密着で、阪神大震災が発生した95年はその姿勢が市民との一体感を生んだ。当初、球団スタッフは神戸での試合を諦めて地方球場を探した。だが、「こんな時だからこそ神戸でやらないと意味がない」と本拠地開催を命じた。

 すると、復興を目指す市民らが球場に駆けつけ、スローガンになった「がんばろうKOBE」のワッペンをユニホームの袖に付けた選手たちと一丸となった。イチローさん(49)らの活躍でオリックスとしてパ・リーグ初優勝を果たすと、続く96年にはリーグ連覇、日本一にも輝いた。

 宮内氏がそのビジネス感覚で存在感を示したのが、2004年の「球界再編問題」だ。球団を手放そうとしていた近鉄に合併をいち早く持ちかけ、…

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