農村揺るがすレアメタル 開発計画に住民悲鳴 緑を壊す脱炭素/上
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なだらかな丘陵にトウモロコシと小麦の畑が連なる。セルビアの首都ベオグラードから南西へ100キロのゴルニェ・ネデリツェ村は、のどかな農業地帯だ。地元の高校教師、マリヤナ・ペトコビッチさん(48)は「水はきれいだし、食べ物は新鮮。この自然を見てください」と周囲の森を見渡した。その一角のヤダル谷と呼ばれる地域に、脱炭素社会に不可欠な「宝」が眠る。
英豪資源大手リオ・ティント社は2004年、ここにリチウムとホウ酸塩の鉱脈を発見。約4億ドル(約570億円)を投じ、リチウム鉱脈開発事業「ヤダル計画」を進めている。リチウムは電気自動車(EV)のバッテリーや蓄電池の生産に不可欠なレアメタル(希少金属)。各国が「脱ガソリン車」を急ぐ中、欧州連合(EU)はリチウムの需要が30年に現在の18倍、50年には60倍に達すると試算する。
ロシアのウクライナ侵攻で、戦略物資を自前で調達することの重要性を改めて認識した欧州。ティエリー・ブルトン欧州委員(域内市場担当)は「原材料をうまく獲得できなければ、移動手段の温室効果ガス排出量をゼロとする目標が危うくなる」と危機感を抱く。
「緑はここにある」
セルビアはEU加盟を目指している。EUにとっては重要資源の安全な供給元としての期待がかかり、リオ社も「リチウムこそ、クリーンエネルギーへの革命の先駆けとなる重要な原材料だ」と意気込む。同社はフル稼働時の鉱床の年間生産量を8億ドル相当と試算。セルビアの国内総生産(GDP)を2・8%押し上げる経済効果があるという。
現場近くで暮らす人たちにも経済再生への期待がある。農業だけで生計を立てるのは難しく、ベオグラードやドイツ、スイスなどに働きに出る人も多い。過疎化が進み、地元小学校の児童数は20年前の3分の1。開発予定地の買収交渉には既に50世帯のうち約半数が応じ、引っ越した。
一方で、環境破壊への不安が、残った住民を悩ませる。リチウム生産は大量の水を使うことから農業用水や生活用水の不足が懸念されるほか、生産・精製の過程では硫酸ナトリウムなどの残留物が発生する。それらを処理する際に水質や土壌が汚染される危険が指摘されている。
セルビア政府は20年にこの地でのリチウム開発の許可を出した。だが、多くの環境活動家が乗り込み、反対運動は政治問題化。ベオグラードで21年12月に行われた抗議運動には数千人が集まり、政府は今年1月、開発に関するすべての許可と決定を取り消した。だが、4月の選挙で…
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