終焉迎えた「デザイナーの時代」 ファッションの近未来はどこへ

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日本を代表するデザイナーたち(コラージュ)
日本を代表するデザイナーたち(コラージュ)

 世界的なブランドを築いた2人のファッションデザイナーが今年8月、相次いで亡くなった。「イッセイミヤケ」の三宅一生さん(享年84)、「ハナエモリ」の森英恵さん(同96)だ。一昨年には日本を代表するデザイナーの山本寛斎さん(同76)と高田賢三さん(同81)も亡くなった。ハイブランドの多くが大資本の傘下に入り、ビジネスの覇を競う今、デザイナーがその革新性で世界を振り向かせた「デザイナーの時代」は終焉(しゅうえん)を迎えたのか。そして、ファッションの近未来はどこへ向かおうとしているのか。【平林由梨】

日本を意識したカリスマデザイナーたち

 猛暑が続いた8月、森さんの死去が明らかになると、海外の主要メディアも次々と速報した。ニューヨーク・タイムスは森さんを「戦後の荒廃からフランスのオートクチュール界に仲間入りした」とたたえ、フランスのル・モンドは「グレース・ケリーからヒラリー・クリントンまで、世界中の有名人に服を着せてきた」と振り返った。

 三宅さんの際も同様だった。ル・モンドは「20世紀後半のファッション史で最も特異な人物の1人」、ワシントン・ポストは「プリーツの王子であり、大胆なスタイルと革新的なカットで広く称賛された」とその功績を紹介した。

 森さん、三宅さんが相次いでフランスやアメリカに進出した20世紀を服飾評論家の深井晃子さん(79)は「デザイナーの時代」と位置づける。その旗手はココ・シャネルやムッシュ・ディオールであり、パリを中心にデザイナーたちがそれぞれの感性や哲学を反映させた衣服を競うように発表し、流行を生み出した。

 そうした動きに刺激を受けた森さんらの世代が海を渡ったのが1960年代。森さんは島根県で生まれ、東京・新宿にブティックを開いた後に65年、ニューヨークで初めてコレクションを発表した。一方、広島県出身の三宅さんはパリ、ニューヨークで経験を積んで帰国。70年、東京のショーで注目を浴びて世界への足がかりをつかんだ。共に「デザイナーの時代」の申し子と言えるだろう。

 2人に共通しているのは、ともに「日本」を強く意識していたこと。森さんはニューヨークでデビューした当時の気持ちをこう振り返っている。「ひとりの日本の女として、日本や日本女性のイメージを絶対に変えてやる」(森英恵「ファッション―蝶は国境をこえる―」より)。三宅さんも80年、毎日新聞のインタビューに「ぼくは洋服を作っているのではない。ぼくが作り続けているのは、ただの服なんです。洋服から『洋』を取ったもの、日本人であるぼくが、日本の風土から生み出した服です」と語っていた。

 ファッションジャーナリストの増田海治郎さん(49)は「彼、彼女らが国内外の人々の感性に与えた影響は大きかった。経済規模こそ違えど、その功績は戦後にトヨタやソニーがなし得たことに匹敵する」と評価する。今も世界が注目する「コムデギャルソン」の川久保玲さん(80)、「ヨウジヤマモト」の山本耀司さん(79)を含め、「日本人デザイナーの存在感が世界で際立っていた時代だった」と言う。

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