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なぜか道路標識ばかり目に入ったという。「止まれ」「進入禁止」……。社会に拒絶されているからか。視線を上げればサンシャインビル、首都高速の立体交差。
50代の自称、路上太郎さんは一日中、ヘトヘトになるまであてもなく歩き回った池袋の街を描いた。その名の通り、仕事に就く3月まで1年間、路上生活をしていた。
絵の真ん中には、手に乗せたどんぶり。空腹に耐えきれず、ローソンで買った一番安いカップラーメンだ。展示された絵は風景画というより、心象風景に見える。
秋の週末、誰もが参加できる東池袋中央公園の「アートスペース」を訪ねた。この公園では月に2回、NPOが生活困窮者に食料品を配っている。太郎さんも行列に並んでいて絵を目にし、引き寄せられた。
「もがいている時に出会い、描くことで苦しみを吐き出せたんだと思います」
公園で新型コロナのワクチンを打ってもらったが、副反応で高熱に苦しんだ。青い帽子を目深に被り、ベンチで寝込む自分を描いた。私も2年前、コロナ禍の路上生活者を取材するため、ここに来たが、そんな人がいたとは想像すらできなかった。
この場を設けたアーティストの尾曽越理恵さん(72)はアートを通じて社会の価値観の変革を促す活動を米ニューヨークの大学院で学んだ。
「声を上げられない人たちがいるんだと、作品を通して知ってほしいんです」
ペンネーム、藤咲すみれさん(21)は16歳で統合失調症になった。医師に「手の施しようがありません」と告げられ、別の病院に移るしかなかった。母は「おー、よしよし」と言ってくれた。焦らなくていい、お母さんは諦めないから、と。絵の母は彼女の肩にそっと手を置く。つばさを広げるペリカンも母だ。
「思っていることをことばで表せない時、絵が助けてくれるんです」
すみれさんが太郎さんと親しげに話し込んでいる。互いを認め合う仲間だ。
作品から声が聞こえる。案内板にこう書かれていた。
「Be here now」
私は今、ここにいる。【花谷寿人】(毎月第2、第4土曜日に掲載します)