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広島・長崎原爆

1945年8月、広島・長崎へ原爆が投下されました。体験者が高齢化するなか、継承が課題になっています。

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デジタル地図に浮かぶ犠牲者の顔 迫る核の脅威、無言の「警告」

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デジタル地図のモニターの前で証言する浜住治郎さん(右)=米ニューヨークで2022年8月6日、隅俊之撮影
デジタル地図のモニターの前で証言する浜住治郎さん(右)=米ニューヨークで2022年8月6日、隅俊之撮影

 生まれる前から被爆者だった。浜住(はますみ)治郎さん(76)=東京都稲城市=は体験を語る時、そんな生い立ちから話を始める。

 原子爆弾投下から77年を数えた8月、米ニューヨークにいた。現地では、新型コロナウイルス禍による延期で7年ぶりとなった核兵器保有国も参加する核拡散防止条約(NPT)再検討会議が開かれていた。ウクライナへ侵攻したロシアが「核の威嚇」をちらつかせ、核兵器廃絶に向けた道のりはさらに険しくなっていた。

 その中で、浜住さんは国連本部や大学、教会で大学生や一般市民を前に証言をして回った。広島への原爆投下翌日に爆心地近くへ入った母の胎内で被爆し、半年後に生まれた「最も若い」被爆者だ。

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【広島・長崎原爆】

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