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サッカーW杯・カタール2022

サッカー・ワールドカップカタール大会が11月20日に開幕。4年に1度の世界最高峰の戦いの様子をお伝えします

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山根視来の運命を変えた東日本大震災 サッカー日本代表

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ウィザス(現第一学院)高サッカー部時代の山根視来=同校提供
ウィザス(現第一学院)高サッカー部時代の山根視来=同校提供

 Jリーグのユース(高校年代)に落選してエリートコースを外れ、大学ではレベルの高さに面食らい、何とか入ったプロではクビにおびえる。サッカー日本代表DF山根視来(みき)=J1川崎フロンターレ=は、何度も壁にぶつかっては乗り越えてきた。ワールドカップ(W杯)カタール大会で27日に同国アルラヤンで行われた1次リーグ第2戦コスタリカ戦で先発出場し、28歳にして初めて最高峰の舞台に立った苦労人。11年前の東日本大震災が、運命を変えた。

 「僕のサッカー人生は、巡り合わせやタイミングが良かった。そういう(出会った)人たちのおかげ」

 W杯代表が決まった1日、川崎市内で記者会見した山根はそう感謝した。

 横浜市出身で兄の影響で5歳からサッカーを始めた。小中学生で入っていたJ2東京ヴェルディの育成組織ではユース昇格を逃し、茨城県高萩市にある広域通信・単位制のウィザス(現第一学院)高に進んだ。

 通信制ながら「通学」してサッカー部に入れる環境があり、学校近くの寮に入った。当時監督だった大石篤人さん(46)=現大阪経済大サッカー部ヘッドコーチ=は「正直、彼が日本代表になるとは思っていなかった」といい、目立たない選手だったという。

 2011年3月11日。高校2年生の時に震災が起きた。グラウンドにひびが入るなどの被害もあって、寮生は帰宅を余儀なくされた。山根は…

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