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広島・長崎原爆

1945年8月、広島・長崎へ原爆が投下されました。体験者が高齢化するなか、継承が課題になっています。

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記憶の奧に封じた蚊帳越しの母の姿 77年後に初めて語る

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修学旅行で長崎に行く小学6年生たちに自身の被爆体験を語る右近守さん=佐賀県小城市の市立岩松小で2022年10月27日、徳野仁子撮影
修学旅行で長崎に行く小学6年生たちに自身の被爆体験を語る右近守さん=佐賀県小城市の市立岩松小で2022年10月27日、徳野仁子撮影

 「お袋の顔がめちゃくちゃに崩れ、えすかった(怖かった)」。被爆の1カ月後に死別した母の姿を記憶の奥から引きずり出し、子供たちに伝えた。佐賀県小城(おぎ)市の右近守さん(81)は10月27日、初めて、長崎で原爆に遭った自らの体験を地元の小学生に語った。

 被爆から77年。10代の頃、親類から「原爆に遭ったことを口に出してはいけない」と言われたことがあり、自分の3人の子にも9人の孫にも話してこなかった。70代半ばになって「学校で体験を伝えたい」と思ったが、具体的な方法が分からなかった。

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【広島・長崎原爆】

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