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北九州市60年

5市合併で北九州市が誕生し2023年2月で60周年。「九州初の100万都市」の歴史を振り返り未来を展望します。

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「困っていないか」互いに考える北九州に 自立生活センター代表

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同じ当事者の立場から障害者のカウンセリングを続けている林さん=北九州市小倉北区で2022年9月26日午後2時48分、青木絵美撮影 拡大
同じ当事者の立場から障害者のカウンセリングを続けている林さん=北九州市小倉北区で2022年9月26日午後2時48分、青木絵美撮影

 5市が合併して誕生した北九州市は2023年2月で市制施行60周年を迎える。60年を街とともに歩んだ各界の人々を訪ね歴史を振り返り、これからの都市像を考える。

    ◇

 インタビュー中に電話が鳴った。NPO法人北九州自立生活センター(小倉北区)代表の林芳江さん(59)が、相談者の暮らしの悩みに、自身も障害のある立場で相談に応じる「ピア・カウンセリング」の日程を調整していた。北九州市発足と同じ1963年生まれで、カウンセラーとして活動を続けている。

 出身は山口県下関市。脳性小児まひの影響で全身に不随意運動があり、リハビリのため5歳で北九州市の肢体不自由児施設(現在の市立総合療育センター)に入園した。以来、主に北九州で生活してきた。朝晩のケアには居宅介護サービスを利用。電動車いすとバスで仕事に奔走する。

 小規模作業所や介助事業所を運営する自立生活センターは、障害者自身が核となり仲間の自立を後押ししようと、1995年に任意団体でスタートした。ベースにあるのは、米国で障害者の自立生活運動を学んできた女性の講演。「自分の障害をありのままに受け入れて、どんな生活をしていくかを自分で選んで決める」という自立の概念に感銘を受けた。

 北九州市は1973年、仙台市などと共にいち早く厚生省(当時)から「身体障害者福祉モデル都市」の指定を受けた。2017年には、障害者差別の解消を推進する条例も制定した。だが、林さんは「自分で決められる人ばかりではなく、権利を守るためにサービス以外で整えないといけない隙間がたくさんある」と相談体制など支援の充実を訴える。

 自身も18歳で父を病で亡くし、25歳の時には母が若年性認知症と診断され、介助に思い悩んだ。80代の高齢の親が50代の中高年の子の面倒を見続ける問題は「8050問題」と言われるが、届く相談は一つ一つが複雑だ。「人生の分岐点はやってくる。その時に、年金の受給対象なのか、成年後見制度が必要かどうかなど、相談者に対してできることを考えたい」と言う。

 障害者や家族、ボランティアなどの団体で構成する「市障害福祉団体連絡協議会(障団連)の会長を務め、当事者同士はもちろん、行政とも意見交換する。コロナ禍を経て暮らしやすい街へ、林さんはキーワードに「想像」を挙げた。「自分が困った時、身近な誰かもまた困っていないか考え、『どうしているだろう』と想像を巡らせる。そんな地域性があるといい」。【青木絵美】

自立生活センター

 障害のある人たちが運営し、地域の障害者に必要な介助サービスを提供する。米国のセンターをモデルに国内では1986年に東京に設立された。全国自立生活センター協議会(東京都八王子市)によると、国内のセンターは現在114カ所。北九州市には3カ所ある。自立生活に向け介助者との接し方などを学ぶプログラムや、障害の当事者が相談に乗るピア・カウンセリングなどに取り組む。

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