支え合ってきた母を手に掛けた50歳 法廷で裁判長の言葉に涙

  • ブックマーク
  • 保存
  • メール
  • 印刷
松山地裁=松山市一番町3で2020年11月18日午後1時34分、遠藤龍撮影
松山地裁=松山市一番町3で2020年11月18日午後1時34分、遠藤龍撮影

 「一番の理解者」として互いに支え合ってきた母娘の生活は、不運の重なりにより悲劇的な幕切れを迎えた。同居する74歳の母に布団をかぶせて窒息死させたとして傷害致死罪に問われた被告(50)。裁判員裁判で明かされた犯行までの経緯には、「周りに迷惑をかけたくない」という思いが強く影響を与えていた。

母の介護一手に

 被害者となった母と次女である被告は愛媛県内で2人暮らしをしていた。松山地裁の判決などによると2人は2022年4月、自宅で口論になり、母は「家から出て行け」などと騒いだ。被告は母をあおむけにベッドに倒し、顔を覆うようにかぶせた布団の上から両手で口付近をふさぐなどし、窒息死させた。

 公判では、2人がともに気分が不安定になることがあり、通院につきそうなど支え合って生きてきた様子が明かされた。家族の証言によると、母は物作りや俳句、書道が好きで気遣いができる人だった。だが、数年前から家族に用もなく電話をかけたり騒いだりと「全く別の人」のようになることがあった。一方で、介護福祉士として病院で働いていた被告の状態は比較的落ち着いていた。

 事件の約1カ月前、被告は意欲不振などを訴え、医師のすすめで1カ月の休職を決めた。その直後に母が右肩を骨折し、被告が家事や介助を担うようになった。さらにその後、母の精神状態が悪化し、声が大きくなったり一方的に話したりということが増えるように。事件の数日前からは「肺…

この記事は有料記事です。

残り1105文字(全文1705文字)

あわせて読みたい

マイページでフォローする

この記事の筆者
すべて見る

ニュース特集