弾圧の歴史を書き換えるSNS フィリピンで起きていること

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訪日時の歓迎夕食会で佐藤栄作首相(右端)らと乾杯するフィリピンのマルコス大統領(右から2人目)、イメルダ夫人(同3人目)ら=東京の首相官邸で1966年9月30日、肩書はいずれも当時
訪日時の歓迎夕食会で佐藤栄作首相(右端)らと乾杯するフィリピンのマルコス大統領(右から2人目)、イメルダ夫人(同3人目)ら=東京の首相官邸で1966年9月30日、肩書はいずれも当時

 想像してみてほしい。例えば数十年前、独裁者が支配していた国で数万人の市民が拷問にかけられたとしよう。怒った市民のデモが宮殿に押し寄せ、独裁者一族は追い出された。だがその歴史はある日、「なかったこと」にされる。そして、あの時代について謝罪することはない、と主張する彼の息子が大統領に当選。周囲は「民意が示された」と胸を張る――。

 こんな事態が今、実際に起きている国がある。書き換えの原動力となっているのはSNS(ネット交流サービス)だ。

動画投稿サイトが主戦場

 「黄金の時代」「アジアの中で、日本に次ぐ経済大国に押し上げた」

 フィリピンでは1965年から約20年にわたって続いたマルコス政権が公共事業や農業改革で経済発展を成し遂げた、と賛美するストーリーが広まっている。マルコス元大統領は86年の民主化運動で失脚。父とともに米国に一時逃れた長男のフェルディナンド・マルコス氏(愛称・ボンボン)は今年5月の大統領選に出馬すると、こうした物語に押し上げられる形で当選を果たした。ユーチューブやティックトックといった動画投稿サイトが主な舞台だ。

 だがそこでは公共施設の建設促進のために対外債務が膨らんだことや、公共事業を通じた賄賂で一族が不正な富を得ていたことには触れられていない。さらにほとんどの動画には、元大統領が72年に発令した戒厳令下で行われた拷問や人権弾圧は登場しない。

「弾圧を信じるのは少数派」

 国際人権団体「アムネスティ・インターナショナル」によると、戒厳令下の被害は、投獄者7万人▽拷問3万4000人▽死亡3200人以上――にのぼる。しかしこうした数字は「黄金時代物語」の中では影を潜める。弾圧に言及する動画でも、「共産主義に対抗するために必要だった」などと戒厳令を正当化する内容が多い。結果として、当時を直接知らない若者の「マルコス一族」のイメージは向上したとされる。

 戒厳令発令から50年の節目を迎えた9月、与党議員らは「謝罪することなどない」と選挙前から繰り返す現大統領の姿勢を支持した上で、「ボンボンはフィリピン史上最多得票で当選した。もう前に進もう」「選挙の結果を見れば、恐らく多くの人は(過去の弾圧を)信じていない。信じているのは少数派だ」などと発言し、物議を醸した。

誤った歴史を防ぐ資料

 「できることならば、…

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