終戦間際、空襲警報下でも道路整備か 本土決戦備え児童も動員

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富士「リ」号演習を研究する郷土史家、古橋研一さん。地図は「第二作業隊 作業隊進度表」のカラーコピー=2022年10月25日午前11時21分、佐藤浩撮影
富士「リ」号演習を研究する郷土史家、古橋研一さん。地図は「第二作業隊 作業隊進度表」のカラーコピー=2022年10月25日午前11時21分、佐藤浩撮影

 空襲警報が鳴っても、作業を続けよ――。太平洋戦争末期の1945年夏、本土決戦に備えた旧陸軍は、首都圏沿岸部に上陸する米軍を迎え撃つべく、戦車部隊を上陸地へ急行させるための道路整備を進めていた。「富士『リ』号演習」と名付けられた、いわば終戦間際の首都圏幹線道路整備計画。国民学校の児童ら民間人も工事に動員されたが、空襲警報が発令されても中断させないと定める過酷な作業だった。研究に取り組む郷土史家は「従事した人の生の声を集めたい」と貴重な証言を求めている。

 富士「リ」号演習を研究しているのは、東京都調布市の古橋研一さん(75)。多摩地域の近現代史を専門とする古橋さんは今春、友人から演習に関する同地域の図版が現存するとの情報を得て、防衛省防衛研究所戦史研究センター(東京)を何度も訪問。図版を含む資料8冊が保存されているのを知り、研究を始めた。

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