今も残る田園風景と矢切の渡し 「野菊の墓」舞台、松戸を歩く

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庚申塚や地蔵が祭られ、昔のたたずまいが残る「野菊の墓」の舞台付近=千葉県松戸市下矢切で2022年10月7日、山本直撮影
庚申塚や地蔵が祭られ、昔のたたずまいが残る「野菊の墓」の舞台付近=千葉県松戸市下矢切で2022年10月7日、山本直撮影

 つれて逃げてよ ついておいでよ――。昔、演歌「矢切の渡し」は伊藤左千夫の「野菊の墓」がモチーフだと思っていた。大人に裂かれ、千葉の中学に行った15歳の政夫と、よそへ嫁いで病死する17歳の従姉民子。親に背いてでも一緒になりたい2人、という歌詞がストーリーに合う。だが、歌われたのは柴又を捨てて旅立つ男女。それに小説の舞台の矢切は江戸川を挟んで柴又の対岸である。

 北総鉄道矢切駅から、河岸段丘の崖上にある野菊の墓文学碑(千葉県松戸市下矢切)へ向かう。すぐ西は東京都内なのに、忌森(防風林)のそばに旧家があり、つじに庚申塚(こうしんづか)やお地蔵さんが祭られるなど田園風景の名残が色濃い。西蓮寺境内の文学碑は緑に囲まれ、北隣の園地・野菊苑からは作中のような「武蔵一えんが見渡される」見晴らしを期待していたのだが……。

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