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新人記者として奈良支局に赴任し取材のイロハをたたき込まれた時、火災発生時の取材では「けが人はいますか」「焼失面積は」といった質問と併せて聞きそびれてはならないことがあると教えられました。「出火元の近くに文化財はありませんか」。何気ない街角に貴重な文化財建造物がある奈良の町は、常に延焼の危険と隣り合わせ。2021年の夏にその恐怖が現実のものとなりかけた神社が今、防災設備を整えるために奔走しています。【大阪学芸部・花澤茂人】
照りつける真夏の太陽がようやく西に傾いた頃だった。「何が起こったんや」。古い町並みが残る奈良市の旧市街地・奈良町の一角にある崇道(すどう)天皇社の境内を掃除していた藤井秀紀宮司(47)は、急に辺りに漂い始めた焦げ臭いにおいと白い煙で、ただならぬ事態が起こっていることを知った。
2021年7月22日午後5時半ごろ、神社の約150メートル東にある豆菓子製造工場から出火。周辺の住宅や店舗に延焼し計3軒が全焼することとなる火災に気づいた瞬間だった。
境内の裏を走る大通りに出るともうもうと煙が立ち上っているのが見え、境内にも火の粉が届いていた。「本殿が危ない」。国の重要文化財に指定されている本殿は桃山時代の建築で、屋根はヒノキの樹皮を丁寧に重ねた檜皮葺(ひわだぶき)。特に燃えやすい素材だ。「前回の葺き替えから7年ほどたち、毛羽立っている部分もある。隙間(すきま)に入り込んだりしたらえらいこと」。社殿横にある散水栓からホースを使って10分ほど屋根に水を掛け、最低限の防火措置をした。
改めて火災現場を見に行くと、大きな炎が上がり、火の粉はますます飛び散っていた。その時、現場から交差点を挟んだ反対側の家から「火、出てる」という女性の声が聞こえた。「本当にここまで飛び火するのか」と恐怖を感じて慌てて境内に戻ると、本殿の屋根から白い煙が出ていた。…
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