連載

14色のペン

国内外の異なる部署で取材する14人の中堅記者が交代で手がけるコラム。原則、毎日1本お届けします。

連載一覧

14色のペン

トランクに詰まるロマン

  • ブックマーク
  • 保存
  • メール
  • 印刷
NHK杯ペアで優勝し金メダルを手に笑顔を見せる三浦璃来選手(右)と木原龍一選手=真駒内セキスイハイムアイスアリーナで2022年11月19日、貝塚太一撮影
NHK杯ペアで優勝し金メダルを手に笑顔を見せる三浦璃来選手(右)と木原龍一選手=真駒内セキスイハイムアイスアリーナで2022年11月19日、貝塚太一撮影

 2022年も残り1カ月を切りました。担当するフィギュアスケートを振り返ってみても、出来事は盛りだくさん。8日からはイタリア・トリノでグランプリ(GP)シリーズ上位6人・組で争うGPファイナルが行われます。きょうは、躍進を続けるあのペア選手にまつわるエピソードを紹介します。【東京運動部・倉沢仁志】

 海外遠征の多いフィギュアスケーターにとって必需品の一つがトランクケースだ。スケート靴はブレード(刃)の部分が凶器とみなされるため手荷物として航空機内に持ち込めない。そんな「商売道具」を詰め込んだトランクを引いて会場入りする選手たちの姿は、おなじみの光景となっている。

 ペア種目で三浦璃来選手(20)と組み、「りくりゅう」の愛称で親しまれる木原龍一選手(30)=木下グループ=には、愛用するトランクがある。愛知県東海市出身で、プロ野球・中日ドラゴンズのファンとして知られる木原選手は、中日のチームカラーに似た濃い青色のトランクを長く使っている。だが今季は、これまでのものよりも新しくなっているように見えた。

 「替えました。同じ型のやつですけど」

 11月に札幌市で行われたGPシリーズ第5戦、NHK杯のエキシビションを終え、バスに乗り込む木原選手に尋ねると、そう答えた。

 以前のトランクと歩んだ月日は10年を超えていた。世界ジュニア選手権に出場するなど男子シングル選手として活躍していた木原選手に当時コーチだった成瀬葉里子(よりこ)さん(58)が贈ったものだ。成瀬さんは回想する。

 「高校時代に出場したジュニアGPシリーズで思うように成績を残せなかったことがあったんです。本人も滑り終わってから『(自分は)へたれだ、へたれだ』と悔しがっていた。私は、その悔しい気持ちを形にした方がいいと思ったので、トランクを買って贈りました。身近に置いて、いつでも悔しさを思い出せるようにと。そうしたら信じ込んだかのように使い続けるようになって……」

 木原選手が13年にペアに転向し、成瀬さんが指導担当を外れてからも、涙を流した当時の悔しさを忘れまい、と同じトランクを使い続けた。壊れれば、すぐに修理した。何度も、何度も。成瀬さんに会う度に「5年目です」「8年目です」と年期を重ねるトランクを見せた。成瀬さんが「まだ使っているの?」と驚くと、「これが一番、丈夫なんですよ」と言って、こだわっていたという。

 木原選手は三浦選手と19年にペアを結成した。その直後から拠点をカナダに移し、数々の名ペアを輩出したブルーノ・マルコット・コーチ(48)に師事している。年々滑りに磨きがかかる「りくりゅう」は、今年2月の北京冬季オリンピックで7位に食い込み、日本ペア史上初の入賞を果たした。更に3月の世界選手権では過去最高成績となる銀メダルを獲得した。この時も木原選手の傍らには、使い込まれたトランクがあった。

 そんな木原選手の飛躍を見届けるかのようにトランクが壊れた。今回は修理にかなりの時間がかかるという。オフシーズンの4月、帰国していた木原選手は成瀬さんのもとを訪れてトランクを新調したことを報告した。成瀬さんから冗談めかして声をかけられた。

 「へたれ、卒業だね」

 気分も一新、今季から新しいトランクを引く。だが選んだのは、同じ型のトランク。初心を忘れることはない。

 札幌市でバスに乗り込む前のやりとりには続きがある。

この記事は有料記事です。

残り545文字(全文1940文字)

関連記事

あわせて読みたい

マイページでフォローする

この記事の特集・連載
すべて見る
この記事の筆者
すべて見る

ニュース特集