愛国教育の強化、日中関係に波風が立つことも 江沢民氏死去

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夕食会で乾杯する江沢民主席(当時、左)と小渕恵三首相(当時)=官邸で1998年11月27日午後(代表撮影)
夕食会で乾杯する江沢民主席(当時、左)と小渕恵三首相(当時)=官邸で1998年11月27日午後(代表撮影)

 中国国営新華社通信によると、江沢民元国家主席(96)が30日、上海市内で死去した。

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 11月30日に死去した江沢民元国家主席が主導した中国の1990年代は、天安門事件や旧ソ連崩壊の直後で、共産主義への信頼が揺らいだ時代だった。江氏が進めた愛国教育の強化は、国民の団結を訴えることで共産党への求心力回復を図る狙いもあった。政権の正統性を示すためには抗日戦争の勝利を強調する必要があり、日中関係に波風が立つことも少なくなかった。

 江氏は、抗日戦争記念館などの施設、史跡を「愛国主義教育模範基地」に指定。各地の学校で愛国教育を強めた。日本との文化交流は滞りがちで「この時代は日本で作られたドラマや映画を中国で見る機会は少なかった」と振り返る中国人も少なくない。

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