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「反撃能力」の自公合意 専守防衛の形骸化を招く

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 日本が半世紀以上も維持してきた防衛政策の大転換となる。憲法に基づく専守防衛の形骸化を招くことを強く懸念する。

 他国のミサイル発射拠点などをたたく「反撃能力」(敵基地攻撃能力)の保有で、自民、公明両党が合意した。政府は、今月に改定する国家安全保障戦略など安保関連3文書に明記する。

 背景には、ロシアのウクライナ侵攻で国際秩序が揺らぐ中、日本の安全保障が損なわれかねないとの危機感がある。

 最大の不安定要因は、軍拡を急激に進める中国だ。2025年には、西太平洋地域の戦力で米国をしのぐという。

 中国は8月、ペロシ米下院議長の台湾訪問に反発し、弾道ミサイルを発射した。5発が日本の排他的経済水域(EEZ)内に着弾する異例の事態となった。

先制攻撃になりかねぬ

 北朝鮮の動きもある。弾道ミサイル発射を繰り返し、近く7回目の核実験を実施するとの観測が出ている。

 地域情勢の変化を受け、政府は「従来のミサイル防衛システムでは迎撃が難しくなっている」と分析する。反撃能力を保有すれば、日本への攻撃を踏みとどまらせる抑止力が高まると説明している。

 武力攻撃が発生した時に初めて必要最小限の防衛力を行使し、保有する装備も最小限にとどめる。日本が掲げてきた専守防衛の大原則である。

 敵基地攻撃能力の保有を巡っては、1956年、当時の鳩山一郎首相が、自衛の範囲に含まれており憲法に反しないとの見解を示した。だが、歴代政権は政策判断として、そのための装備を持たなかった。

 先の大戦を踏まえ、他国から軍事大国化への疑念を抱かれないようにするためだ。

 岸田文雄首相は攻撃的な印象を和らげようと、呼び名を「敵基地攻撃能力」から「反撃能力」に変え、「専守防衛は堅持する」と繰り返す。

 しかし、日本が外国領域を直接攻撃する能力を保有するのは、専守防衛を実質的に変えることに他ならない。

 さらに、能力行使の判断を誤れば、国際法が禁じる先制攻撃とみなされる恐れがある。

 行使のタイミングは、他国がミサイル発射に「着手」した時点とされるが、何をもって判断するか具体的に示していない。ミサイル技術の進展により、発射の兆候を把握するのは難しくなっている。

 政府は行使にあたって、「対処基本方針」を策定し、国会の承認を得るという。国際社会に対しても、反撃の正当性を立証する責任を負う。

 反撃の対象は国際法上の軍事目標に限定するが、政府が個別に判断するため、歯止めは不明確だ。拡大解釈されれば、必要最小限の範囲を超え、報復の連鎖にもつながりかねない。

 周辺国との緊張を高め、際限なき軍拡競争に陥るという「安全保障のジレンマ」も懸念される。

国会で徹底的な議論を

 日米安全保障条約の下、日本は「矛」としての打撃力を米軍に頼り、自衛隊は「盾」として自国防衛に専念してきた。打撃力を持てば、役割分担は大きく変質する。

 米国が攻撃を受け、日本が集団的自衛権を行使して反撃することも排除されない。安倍政権が定めた安保関連法の「存立危機事態」に認定すれば可能となる。だが、台湾有事を含め、具体的にどういうケースが想定されるのかは明らかにされていない。

 反撃能力に転用できる装備として、政府は、島しょ防衛用の「スタンドオフミサイル」を導入済みだ。米国製巡航ミサイル「トマホーク」の購入案も浮上するなど、結論ありきで先走ってきた。

 レーダー、人工衛星なども必要だが、全体の規模や費用対効果は判然としない。巨額の経費を賄う財源の手当てもついていない。経済が低迷する中、膨張する負担に国民の理解が得られるだろうか。

 反撃能力を持ちさえすれば、日本を守れるわけではない。周辺国との意思疎通や軍備管理の取り組み、緊張を高めないための外交など、総合的な戦略を構築することが不可欠だ。

 戦後築き上げてきた平和国家像の根幹に関わる問題である。国民への説明を欠いたまま決めることは許されない。国会で徹底的に議論すべきだ。

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