「たかがコーヒー屋の青年」じゃない 亡き息子の夢を継いだ夫婦

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「コーヒーで癒やされてほしい」。事故で亡くした長男の忍さんの夢を継いだカフェで話す深迫祥子さん(右)と夫の祐一さん。コーヒー好きはもちろん、犯罪被害者遺族らも集まる=熊本市で2021年11月21日、菅野蘭撮影
「コーヒーで癒やされてほしい」。事故で亡くした長男の忍さんの夢を継いだカフェで話す深迫祥子さん(右)と夫の祐一さん。コーヒー好きはもちろん、犯罪被害者遺族らも集まる=熊本市で2021年11月21日、菅野蘭撮影

 忍は、たかがコーヒーをいれていた青年じゃない。コーヒーには人を癒やす力があり、バリスタは素晴らしい仕事なんだ――。

 熊本市に住む深迫祥子(さちこ)さん(54)は、その思いを胸に生きてきた。飲食業は未経験だったが、夫の祐一さん(62)と共に、コーヒーのプロである「バリスタ」だった息子の夢を継いだカフェを自宅の敷地内に開いた。2020年5月のことだ。店名は穏やかとの意味を込めた「Calmest Coffee Shop(カーメストコーヒーショップ)」。

社内大会で優勝、翌日に…

 長男の忍さんは今から3年前、不慮の事故で亡くなった。29歳という若さだった。

 店が軌道に乗った今年10月、祥子さんたちは、東京ビッグサイト(東京都江東区)で開催されたアジア最大級のスペシャルティ(高品質)コーヒーイベントに出店した。忍さんも4年前に人気カフェ「FUGLEN TOKYO(フグレントウキョウ)」のスタッフとして参加したことがある。「忍と同じ場所に立ちたい」との思いで応募し、華やかな舞台に立った。

 「お久しぶりです」。ブースに顔を出してくれた忍さんの同僚らにそう話し掛けられては祥子さんは明るく対応し、「同窓会みたいだね」と笑った。訪れた人たちは、祐一さんが焙煎(ばいせん)して「おいしいでしょ」との言葉を添えたコーヒーを味わいながら「落ち着く味だね」と笑顔になっていた。

 忍さんは大学時代から都内の有名店で修業を積んだ後、フグレンを経営する会社へ入社。店の味を左右する豆の焙煎を担っていた。19年7月8日には、空気圧でコーヒーを抽出する技術「エアロプレス」の社内大会で優勝。世界大会にもつながる国内競技会に、社の代表として出場が決まるほど技術が高かった。

 だがその翌日、忍さんは命を落とした。焙煎所へ豆を届けに来たトラックから荷受けしようとした際、荷台と建物の壁の間に頭を挟まれたのだ。男性運転手が後方確認を怠った上、バックの際にアクセルを強く踏んだことが原因だった。翌年には恋人と故郷の熊本に戻り、店を開く準備をしていたさなかだった。祥子さんは「優勝おめでとう」と伝えようと思っていたところ、病院から死を知らせる電話があった。ショックのあまり叫んでいたと家族は言うが、自身は記憶が途絶え、よく覚えていない。

誠意の謝罪なく、驚かされた裁判

 祥子さんと祐一さんは「遺族」となったその日から、愛する息子を失った悲しみだけではなく、さらに心を傷付けられる2次被害に苦しめられた。

 男性運転手は、20年6月に東京地裁で過失運転致死罪で禁錮1年6月、執行猶予3年の有罪判決を受けた。だが、刑事裁判の判決が確定するまでの間、家族は誠意を感じる謝罪を受けることはなかった。また、忍さんが亡くなったことによる損害賠償を求めた民事裁判でも、相手側の代理人弁護士の主張に驚かされた。

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