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デジタルを問う 欧州からの報告

欧州では人権や民主主義の視点でデジタルテクノロジーのあり方を問い直す動きがあります。現場から報告します。

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「デジタル国家」の道突き進むエストニア 成功の影に格差も

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電子処方箋を利用し、薬局の窓口で薬を受け取るカトリン・カラーバさん(右)=タリンで2022年11月14日、岩佐淳士撮影
電子処方箋を利用し、薬局の窓口で薬を受け取るカトリン・カラーバさん(右)=タリンで2022年11月14日、岩佐淳士撮影

 東欧バルト3国最北のエストニア。石畳が敷かれた首都タリンの旧市街は中世の趣を残す。周辺に少し足を伸ばせば、旧ソ連時代の無機質な集合住宅が立ち並ぶ。

 だが、それらはこの国の「今」を象徴しない。人口約130万人の小さな国は、欧州きってのデジタル国家として名をはせる。

 「電子処方箋を使います」。タリン南西部のショッピングモールを訪れたカトリン・カラーバさん(45)は、薬局の窓口で国民IDカードを差し出した。薬剤師が手元のパソコンに番号を打ち込む。医師に処方された薬が手渡されるまで、数分もかからなかった。

 日本でも2023年から始まる電子処方箋だが、エストニアでは10年以上前に導入されている。

 データベースにはこれまで服用した薬の履歴なども共有。慢性疾患でくり返し同じ薬が必要な場合は、メールや電話で医師に処方箋を出してもらえる。個々の利用者ごとに受給する医療補助金の額が自動算定され、それに応じて減額された支払額が窓口では請求される。処方箋の紙をなくす心配もない。今や全体の99%がこの電子処方箋だ。

 納税、運転免許の更新、出生・死亡届、選挙の投票――。エストニアではあらゆることがオンラインでできる。カラーバさんは「わざわざ足を運び、行列に並ばなくていいのはとても楽ですよ。その分ほかのことができるし、お役所仕事も減ります」。デジタル化により、国内総生産(GDP)2%分のコストが削減されているという。

 電子政府のあり方を巡っては、多くの国でプライバシーの問題を懸念する声が上がるが、この国ではあまり聞かれない。

 「デジタルではすべてが記録されるため、紙の世界よりもはるかに優れたプライバシーが得られます」。国のデジタル化の立役者として知られるトーマス・イルベス元大統領(68)はそう話す。エストニアの電子政府のサイトでは、いつ、誰が自分の情報を利用したか履歴をチェックできる。この仕組みは「データ・トラッカー」と呼ばれる。自分のデータをコントロールする権利がシステムによって担保されているのだ。イルベス氏は、プライバシーは法律や司法制度によっても厳しく保護されていると主張。「私たちの国は最も汚職の少ない国の一つです。税務上の不正も驚くほど少ない。手続きがデジタル化され、人間が関与しないためです」とも語った。

 個人データの乱用や流出を懸念する必要は本当にないのだろうか。政府のデータ行政を統括する最高データ責任者、オット・ベルスベルク氏に尋ねるとこう答えた。「エストニア政府は、国民の(プライバシー侵害の)リスクを最小限に抑えながら、同時に企業のイノベーションを支援するために存在します。私たちは常に実利的であろうとするのです」

 独立国だったエストニアは1940年にソ連に併合され、91年に独立した。当時、経済は荒廃し、国家としての基盤も脆弱(ぜいじゃく)だった。この国はなぜここまでデジタル国家の道を突き進むのか。

原点は脱ソ連 国民に刻まれた「成功物語」

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