特集

広島・長崎原爆

1945年8月、広島・長崎へ原爆が投下されました。体験者が高齢化するなか、継承が課題になっています。

特集一覧

「私がいじめられたらどうすると?」娘の言葉にはっとする被爆2世

  • ブックマーク
  • 保存
  • メール
  • 印刷
裁判やこれまで行ってきた講演について語る三笘良夫さん=福岡県小郡市で2022年11月23日午後2時45分、高橋広之撮影
裁判やこれまで行ってきた講演について語る三笘良夫さん=福岡県小郡市で2022年11月23日午後2時45分、高橋広之撮影

 被爆2世の遺伝的影響を巡って争われた訴訟の初の判決が12日、長崎地裁で言い渡される。2世たちは何を問うのか。判決を前に原告を訪ねた。

 福岡県小郡市の被爆2世、三笘良夫さん(59)は30歳で結婚するまで、父が長崎で被爆したことを知らなかった。3人姉弟の末っ子だった三笘さんが結婚直後、父は被爆者健康手帳の交付を申請。その時、初めて被爆者だと知った。原爆投下から46年がたち、17歳で被爆した父は63歳になっていた。

 父良三さん(2019年に91歳で死去)は、大分県中津江村(現日田市)出身。1944年、長崎市の三菱重工長崎造船所に徴用された。45年8月9日、造船所で作業中、ピカッと光ったかと思ったら爆風で飛ばされ、鼻も口も砂だらけになって息ができなくなった。近くにいた同僚は吹き飛ばされて姿が見えなくなった。

この記事は有料記事です。

残り756文字(全文1111文字)

【広島・長崎原爆】

時系列で見る

関連記事

あわせて読みたい

マイページでフォローする

この記事の特集・連載
すべて見る

ニュース特集