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広島・長崎原爆

1945年8月、広島・長崎へ原爆が投下されました。体験者が高齢化するなか、継承が課題になっています。

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被爆2世「国は援護を」 深刻な健康不安 「訴え放置されてきた」

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長崎市への要請活動で、被爆2世の援護を訴える崎山昇さん(左)ら=同市で2022年4月18日午後2時9分、高橋広之撮影
長崎市への要請活動で、被爆2世の援護を訴える崎山昇さん(左)ら=同市で2022年4月18日午後2時9分、高橋広之撮影

 「被爆2世は、原爆放射線の遺伝的影響が否定できない核の被害者だ」。被爆2世団体「全国被爆二世団体連絡協議会」は6月、オーストリア・ウィーンで開かれた核兵器禁止条約の第1回締約国会議に、2世を含む将来世代を「核被害者」として援助するよう求める作業文書を提出した。

 条約は、核兵器の使用で影響を受けた人を国際人道・人権法に従い、差別なく適切に援助するよう求めている。被爆2世団体が国際社会にアピールする背景には、2世の訴えが日本政府に軽視されてきた歴史がある。

 被爆者の子に放射線の影響を心配する声は、原爆投下後のまもない時期から上がった。1973年に初とされる被爆2世団体が広島で発足。2世の組織化に伴い健康不安の訴えが強まり、国は79年に2世の健康診断を始めたが、2世に懸念が強いがんの検診は対象外とした。88年に発足した全国二世協は、国の責任で立法措置によって2世を援護するよう求めた。

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【広島・長崎原爆】

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