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透き通った風のような声の先輩が、私を呼び止めた。「はい、これ」。バレンタインデーに突如チョコレートをくれた先輩は、全盲の後輩にどんなものが良いか、随分と思案したのであろう。美しい裸婦をかたどった立体型チョコレートをくれたのだ。
もしや、「私のことを食べてちょうだい」という隠し言葉が秘められているのではないかと深読みしつつ、何度もそのチョコの輪郭を強すぎず弱すぎず、膨らみが平べったくならないように、ソフトに指先でなめ回した。いただいてから2日ほどたってもまだ食べる気にはならず、大学に行く前にひと通り指で味わい、箱に収めて先輩が待つキャンパスに向かった。
帰宅後、確かに置いた戸棚を捜したが見当たらず、モソモソとしていると、昭和な丸い菓子器が手に触れた。冷たいものが体に走った。まさかと思いつつふたを取ると、そこには、あのジョーズをほうふつとさせる陰惨な光景が広がっていた。下半身を食いちぎられたビーナスが、ゴロッとそばぼうろの上に横たわっていたのだ。モラルやプライバシーという言葉からかけ離れた生活観を持つ父親の刃(やいば)ならぬ八重歯にかかってしまっ…
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