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専守防衛の原則に基づく、戦後日本の安全保障政策の大転換である。本来、国会で熟議を重ねて、国民に説明を尽くさなければならない。それを怠ってきた岸田文雄首相の責任は極めて重い。
基本指針となる「国家安全保障戦略」、防衛の目標と手段を示す「国家防衛戦略」、装備品の数量や経費などを定める「防衛力整備計画」の3文書を、政府が閣議決定した。今後10年間の「国の守り」を方向づける。
背景には、日本が「戦後最も厳しく、複雑な安全保障環境」に直面しているとの現状認識がある。アジアにおける米国の影響力が低下する中、中国、北朝鮮、ロシアが軍事活動を活発化させている。
軍拡を進める中国を「これまでにない最大の戦略的な挑戦」と位置付けた。「我が国を含む国際社会の懸念」とした2013年時点から、警戒度を上げた。
揺らぐ専守防衛の原則
ロシアのウクライナ侵攻で戦後国際秩序が大きく揺らいでいる。安保環境の変化に応じた一定の防衛力整備は必要だろう。
他国からの攻撃に備えた国民保護や、重要インフラの防護などの能力向上は重要だ。少子化が進む中で、自衛隊の人材確保に向けた処遇の改善も盛り込まれた。
大転換の核心は、外国領域を直接攻撃する能力を持つと宣言したことである。相手国のミサイル発射拠点などをたたく「反撃能力」(敵基地攻撃能力)の保有が明記された。
周辺国の軍事技術が高度化し、従来のミサイル防衛システムだけでは迎撃が難しくなったという。このため、迎撃と反撃を組み合わせた「統合防空ミサイル防衛」への移行が打ち出された。
15年に制定された安保関連法は集団的自衛権の行使を容認し、従来の憲法解釈で禁じられてきた海外での武力行使に道を開いた。それでも、米軍に「矛」としての打撃力を頼り、自衛隊は「盾」として国内防衛に専念する役割分担は維持されてきた。
だが、反撃能力を行使する際には、日米による共同対処が前提となる。日本がこれまで自制してきた「矛」の役割も担うことになり、同盟関係は変質する。
政府は、相手が攻撃に「着手」すれば、憲法上反撃できると説明している。しかし、着手を確実に把握するのは難しい。判断を誤れば、国際法違反の先制攻撃とみなされる恐れがある。
サイバー戦を念頭に、相手のサーバーに侵入・無害化する「能動的サイバー防御」の導入も盛り込まれた。
武器輸出を制限する「防衛装備移転三原則」の運用指針の見直しは、海外の戦争に日本が間接的に関与することになりかねない。
安全保障の究極の目的は、国民生活を脅かす衝突や危機を防ぐことだ。3文書は、防衛力を強化すれば、相手に侵攻を思いとどまらせることができると強調する。
ただ、他国の意思を「正確に予測することは困難」とも記し、抑止力が働くのかは不透明だ。互いの疑心暗鬼を招き、際限のない軍拡競争に陥る懸念もある。
緊張緩和する外交こそ
こうした歴史的な転換は、もともと、自民党の故安倍晋三元首相らが要求してきたものだ。岸田首相は国民的な議論を欠いたまま、年末に駆け込みでその路線を追認した形だ。
防衛関連予算を27年度に国内総生産(GDP)比2%まで倍増させ、5年間の防衛費を総額43兆円とするよう指示したのは、臨時国会の最終盤になってからだ。
増税方針も表明したが、自民党内の抵抗に遭って迷走した。「数字ありき」のつじつまを合わせようと無理を重ねた結果である。
防衛費の膨張を防ぐ歯止めや、費用対効果、歳出削減などの検証もなされていない。国会での論戦を避けるふるまいは、国民軽視と言うほかない。
今回の安保戦略は「建設的かつ安定的」な日中関係の構築も掲げている。ただ、内実は、自前の防衛力強化や同盟国などとの連携による「圧力」頼みが際立つ。
衝突回避に向けた外交の重要性はこれまで以上に高まっている。意思疎通や対話を通じて緊張状態を制御し、地域の安定を模索することが不可欠だ。
平和国家としてのあり方をなし崩しに変え、負担を強いる。それでは、新たな安保戦略に対する国民の理解は得られまい。