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税制改正と暮らし 格差是正はどこに行った

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 岸田文雄首相が掲げていた「分配重視」はすっかり影を潜めた。

 来年度の税制改正案に、少額投資の利益が非課税となる「NISA(ニーサ)」制度を大幅に拡充することが盛り込まれた。

 年間の投資上限は360万円と現行の倍以上に増やす。生涯を通じては合計1800万円までと大きな額を投資できるようにする。

 そこまで踏み込んだのは首相が「資産所得倍増プラン」を新たな目玉政策としたからだ。証券業界からは歓迎の声が相次いでいる。

 だが、これでは富裕層を有利にするだけではないか。

 本来の目的は、老後の暮らしに備えて、少額の投資を長期間積み立ててもらうことだ。その趣旨から逸脱しかねない。

 大半の国民は賃金が伸び悩み、平均年収は400万円台にとどまる。物価高で生活が苦しく、投資に回す余裕のない人も多い。

 資産を持つ高齢者が子や孫に教育資金を一括で贈与した場合、1500万円まで非課税とする仕組みの期限も延長する。教育水準などの格差が世代を超えて続く恐れがある。

 政府は防衛費増額のために1兆円強の増税を実施し、国民に負担を求める方針だ。一方で富裕層ほど恩恵が得られる制度を手厚くすれば、不公平を助長してしまう。

 首相が以前、意欲を示していた高額所得者への課税強化も腰砕けとなった。

 給与に課される税率に比べれば株式売却益などの税率は低い。株式を多く持つ人の所得が1億円を超すと実質的な税率は下がる。「1億円の壁」と呼ばれる問題だ。

 本格的な是正は見送り、ほんの一握りしかいない所得30億円超の人の税率をわずかに上げることだけでお茶を濁した。

 新型コロナウイルス禍に加え、物価高が低所得者の暮らしを直撃している。税制を通じて、所得の再分配を強化する時だ。

 だが首相が当初、格差是正を唱えていた「新しい資本主義」は、成長と効率優先のアベノミクスとほぼ変わらない内容になった。

 安倍晋三政権の時は、非正規労働者が増えたため、消費が停滞し、結局は低成長にとどまった。格差を生む構造を変えなければ、日本経済の再生もおぼつかない。

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