「ヤクザの息子」と呼ばれて 高知東生さんが小説に込めたメッセージ
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俳優の高知東生(たかち・のぼる)さん(58)は「ヤクザの息子」として育った。暴力団の抗争に巻き込まれて母親が目の前で切りつけられるなど暴力が当たり前のように周囲にあった。そうした過酷な生い立ちや覚醒剤取締法違反などで逮捕された過去を包み隠すことなく描いた自伝的小説集「土竜(もぐら)」(光文社)を1月下旬に出版する。暴力が日常にあった世界はどのようなもので、どうやってそこから抜け出したのか。これまでの歩み、タイトルに込めた思いを高知さんに聞いた。
母が切りつけられ
生まれて間もなくの頃から、高知県にいる祖母に育てられてきた。その高知さんのもとに、母親がひょっこりと現れたのは小学生のときだった。2人暮らしが始まったものの母親は食事代を机の上に置くと外出し、帰るのはいつも深夜。ネグレクト状態だった。
ある日の真夜中、寝ていた高知さんは母親に繁華街のキャバレーに連れて行かれた。スーツ姿の男たちが取り囲む中、着物姿の母親から「この人があなたのお父さんよ」と隣に座っていた男性を紹介された。男性は地元で有名な「ヤクザの親分」。母親は内縁の妻だった。
その父母と出かける時は何人もの組員が常に同行した。やがて近所の人たちに知れ渡り、友人と一緒に商店街を歩いているだけでも見ず知らずの大人たちがあいさつをしてきた。
学校では友人に「父親はヤクザの親分なんだろ」と言われた。「居心地が悪く、自分の親だと認めたくなく嫌だった」と不満を抱える一方で、「父や母に嫌われて捨てられたらどうしよう」という焦りも感じていた。
ある日、母親と一緒に滞在していた建物に「ドン」という大きな音が響いた直後、男たちが部屋になだれ込んで来て、乱闘状態に。母親は小学生だった高知さんをかばって背中を日本刀で切りつけられ、病院に運ばれた。
生き方変えた一言
高知さんは全寮制の中高一貫校に進学し、野球に打ち込んだ。高校3年の夏、学校に母親が訪ねてきた。
卒業後の進路の話題になった。当時、高知さんは将来は自分も暴力団組員になるのだろうと考えていた。と…
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