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探る’23 デジタル技術と社会 民主主義深化させてこそ

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 社会のデジタル化が急速に進んでいる。仕事から遊びまで、インターネットやスマートフォンなしの生活は考えられなくなっている。コミュニケーションやビジネスの可能性を大きく広げ、「第4次産業革命」とも呼ばれる。

 だが、民主主義や個人の権利を脅かす問題も表面化している。

 まず、権力者によってデジタル技術が監視に使われることだ。

 スマホなどの携帯端末からデータを抜き取る装置を日本企業の子会社であるイスラエル企業が開発し、ロシアや香港などで反体制派の抑圧に使われていたという。先月、本紙が報じた。当局は拘束した人物の端末から、通信アプリでのやり取りなどの情報を収集していた可能性がある。

 旧東ドイツの秘密警察「シュタージ」(国家保安省)は盗聴や手紙の開封、尾行などによって監視対象者の人間関係の把握に力を注いだという。今や、そんな手間は必要ない。スマホをのぞき見するだけで、その人の暮らしぶりは手に取るように分かる。

個人の意思決定に介入

 ソーシャルメディアから個人の内面に迫ることも可能だ。米英の研究者が2015年に発表した研究結果によると、フェイスブックで押した「いいね!」を300件分析すれば、その人の性格や行動を配偶者よりも正確に予測できたという。

 16年米大統領選ではこの技術が悪用された。トランプ陣営は有権者の性格や政治的な傾向を細かく分類し、最も効果的なメッセージ広告を個別に届ける「マイクロターゲティング」を用いた。一種の心理操作といっていい。

 情報があふれるネット上で人々の関心(アテンション)を奪い合う「アテンションエコノミー」の弊害も指摘されている。

 広告を見てもらうことで収益を得るプラットフォーム企業は、刺激的なコンテンツを配信してユーザーをつなぎ留めようとする傾向がある。その結果、自分好みの情報ばかりが集まる「フィルターバブル」が形成されてしまう。人々のものの見方を偏らせ、社会の分断を招く危険性をはらむ。

 人は自らの意思で物事を判断し、行動している。それがこれまでの社会の共通認識だった。だが、デジタル社会では、自分で選んだつもりが、実は誘導されていたということもありうる。自由意思による選択を前提とした民主主義の根幹を揺るがしかねない。

 国家やプラットフォーム企業には個人の行動が筒抜けになっているのに、個人には何が起きているのか分からない。そうしたいびつな構造を是正するためには、コンピューターがデータ処理をする際の手順「アルゴリズム」や、プライバシー情報の扱いがどうなっているのか、個人が知ることのできる仕組みを作る必要がある。

人権を守る仕組み必要

 一方で、市民がデジタル技術を権力監視やネット空間の改善のために活用する動きもある。

 ネット上の公開情報を使った「オシント」と呼ばれる新しい調査報道は、ソーシャルメディアの投稿、商業用の衛星画像、航空機の位置情報などを組み合わせて事実を突き止める。従来なら埋もれていたかもしれない戦争犯罪や権力者のウソが明るみに出ている。

 オシントと同じような手法で虚偽情報を検証するファクトチェックの取り組みも盛んだ。メディアだけでなく、非営利団体や学生などが広く参加するのが世界の潮流でもある。

 台湾では、行政の情報をオンラインで市民と共有し、その提案を政策に反映させている。唐鳳(オードリー・タン)デジタル発展部長(閣僚)は「デジタルは民主や自由を促進するためのものだ」と語っている。

 人権をどう守るかも課題だ。欧州連合(EU)は「デジタル時代の権利と原則に関する宣言」を出した。個人が自分のデータの使われ方をコントロールできる権利、意思決定が人工知能(AI)に影響されないことの保障などを求めている。

 21年に成立した日本のデジタル社会形成基本法は「国民の利便性の向上」などをうたうが、民主的な価値への言及はほとんどない。国会の法案審議でも人権や自由をめぐる議論は深まらなかった。

 デジタル時代に民主主義をいかに深化させるか。日本でも、人間本位の社会づくりに生かすための理念と制度が求められている。

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