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「帰還のご希望は【有/無/保留】の中から一つ丸を付けてください」。東京電力福島第1原発事故後、福島県富岡町から避難を続けている関根憲一さん(74)の元に2022年12月24日、国と町から調査書類が届いた。「死ぬ前に1年でも2年でも、富岡で生活したい」。締め切りの1月31日を待つことなく妻八重子さん(70)と一緒に、「有」に丸を付けた。【渡部直樹】
富岡町は、福島第1原発の立地する大熊町の南隣にあり、今も北東部が帰還困難区域に指定されている。うち一部は優先的に除染される「特定復興再生拠点区域」(復興拠点)に指定され今春にも居住可能になる。しかし、原発から約7キロにある関根さんの自宅周辺は拠点から外れ、避難指示解除がいつになるか、まだはっきりと分からない。
国は21年8月、こうした地域について、「帰還意向のある住民」が20年代末までに全員帰れるよう、自宅など生活に必要な場所を除染し、避難指示を解除する方針を決めた。関根さんの避難先に届いたのは、その意向を聞くための書類だった。
自宅がある土地は、父典雄さんと母孝子さんが苦労して開拓した。関根さんは、家業の農業を手伝いながら育ち、地元の郵便局に勤めた。1999年には、自ら木造平屋の家を建てた。喜ぶ孝子さんの顔を見て「親孝行ができた」と、うれしかったのが昨日のことのようだ。
59歳の時に早期退職。造園会社などで働きつつ、典雄さんから引き継いだ水田でコシヒカリなどを作って出荷した。黒字にはならなかったが「両親が開墾した土地を荒らしてはおけない」との思いで、営農を続けていた。そんな時に原発事故が起きた。
町の全域に避難指示が出され、関根さんは県内各地を転々とした。富岡町で一緒に暮らしていた孫2人が、約50キロ離れた三春町の学校に入ったことから、今は長男夫婦とともに同町で暮らす。知る人のいない住宅街で、孤独感は深まっていった。ともに避難した孝子さんは、富岡町へ帰ることなく、15年に93歳で亡くなった。
避難が長引く中、故郷の様子は変わっていった。自宅周囲の水田は、除染で出た廃棄物などの仮置き場になり、粉じん防止のため高い壁に覆われた。離れには動物が入り、母屋には空き巣が入って荒らされたという。車で約1時間半かけて通っては、扉を開けて風を通し、割れた窓ガラスにテープを貼って補修する。土地を守りたい気持ちから、草刈りなど畑の手入れも欠かさない。
富岡町でこうした土地の除染が始まるのは24年度の見込みだ。自身の年齢は気にかかるが、帰還意向「有」とすることにためらいはなかった。「わ(自分)が育ったふるさとだもん。ぶんなげるわけにはいかねえわい」
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