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いきものと生きる

侵略的外来種などの研究で知られる五箇公一さんが生き物に関するあれこれをつづります。

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ダニも人間も… 異常な密が病気を呼ぶ

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イチゴの葉に大量発生したハダニ=五箇公一さん提供 拡大
イチゴの葉に大量発生したハダニ=五箇公一さん提供

 新型コロナウイルス禍が始まって3年がたちました。なぜ感染症は拡大するのでしょうか。異常な密による生態系のバランスの崩れがカギになるのではないかと、国立環境研究所生物多様性領域生態リスク評価・対策研究室長の五箇公一さんは指摘します。

 このコラムで何度も紹介しているが、筆者は元々ダニ学者である。大学生から企業の研究所勤務時代にかけての研究対象が、植物に寄生する「ハダニ」だった。

 ハダニはさまざまな農作物の葉や果実に付着して、その汁を吸う。放っておくと猛烈に増殖し、植物を枯らしてしまうこともある。筆者は、この害虫の生態や遺伝を調べるため、実験室内でインゲンなど植物の苗を栽培し、そこにハダニを寄生させて飼育していた。

 学生時代のある日、いつものように飼育室からハダニが付着した葉を回収し、顕微鏡で観察したときに衝撃を受けた。葉に乗っているハダニが全部、真っ白な綿状の菌糸に覆われて動きが止まっていたのである。さながらアニメ映画「風の谷のナウシカ」に登場する、腐海(ふかい)に覆われてミイラ化した王蟲(オーム)のごとくであった。

 「これが、以前から聞いていた『ハダニカビ』か?!」。瞬時に頭に浮かんだ。

ハダニの一種「ナミハダニ」の雌の成虫と卵=五箇公一さん提供 拡大
ハダニの一種「ナミハダニ」の雌の成虫と卵=五箇公一さん提供

 ハダニカビとは、ハダニに特異的に寄生する病原菌だ。一度ハダニ集団に侵入すると瞬く間にまん延して、集団を壊滅させてしまう。

 飼育用の苗か筆者の体に付着していたのか、何らかの形で飼育室に侵入したらしい。調べてみたら、飼育していたダニのほとんどがハダニカビに侵されて死滅していることが分かった。

 このままでは実験材料がなくなってしまう。慌てて生き残ったハダニを新鮮な飼育用の苗に移し替えて、残りの集団を苗ごと焼却処分した。その後もハダニカビは再発し、何世代にもわたってハダニの生き残り個体を回収・飼育するという作業を繰り返すことで、ようやく飼育室からカビを排除することができた。

 このハダニカビは、野外でハダニが高密度になった際にも発生することがあり、ハダニの天敵として存在しているとされる。

 おそらくこのカビは、ハダニが少ない自然環境では、他の宿主にとりついているか、あるいは休眠胞子の状態で、おとなしく「隠居生活」をしていると考えられる。それが、畑のような人工的な環境で、異常に高密度に発生しているハダニ集団に出合えば、感染爆発という暴走を引き起こす。

 同様のケースは赤潮と言われる海洋性プランクトンの異常発生の際にもみられる。赤潮の原因となるプランクトンの天敵ウイルス「HcRNAV」が集団内で広がり、その密度を抑制していることが示唆されている。

実験室でハダニを観察する五箇公一さん=本人提供 拡大
実験室でハダニを観察する五箇公一さん=本人提供

 生物集団の異常な高密度化は、生態系のバランスが崩れていることを示すシグナルであり、その崩れを修正するために病原菌がやってくる――。そう考えれば、病原菌という、人間から見れば厄介な存在も、自然界においては重要な機能を果たしており、生物多様性に不可欠な要員といえる。

 新型コロナウイルスをはじめとする新興感染症ウイルスが人間社会を襲ってくる背景にも、「局所的に高密度化した人間による過剰な自然破壊=生態系のバランスの崩壊」があるとすれば、我々人間も自らのライフスタイルを見直し、自然との関係を修復する必要があるのではないか。(国立環境研究所生物多様性領域生態リスク評価・対策研究室長)

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