1兆円投入の三菱重工「日の丸ジェット」 なぜ飛べなかったのか

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試験飛行で離陸する三菱航空機のジェット旅客機スペースジェット(旧MRJ)=愛知県豊山町で2020年3月18日、兵藤公治撮影
試験飛行で離陸する三菱航空機のジェット旅客機スペースジェット(旧MRJ)=愛知県豊山町で2020年3月18日、兵藤公治撮影

 三菱重工業は7日、国産初のジェット旅客機「スペースジェット(旧MRJ)」の開発からの撤退を正式に発表した。商用運航に必要な「型式証明」の取得に苦労する中、新型コロナウイルス禍の市場の混乱も重なり、2020年10月から開発を事実上凍結していたが、再開しても採算が合わないと判断した。国費も投入して官民一体で取り組んできた「日の丸ジェット」はなぜ飛べなかったのか。

 「多くの皆さんから期待や支援をいただいたが中止の判断にいたり、大変残念だ」。泉沢清次社長は7日の記者会見で淡々とした口ぶりで語った。

 ジェット機事業の事業化が決定したのは08年。国産プロペラ機「YS11」以来の約半世紀ぶりの旅客機開発で、当初はANAホールディングス(HD)に13年内に納入する計画だった。しかし、検査項目の不備や設計変更などの問題が次々と露呈。度重なる計画変更で20年2月までに6回納期を延長した。さらにこの年の春以降、新型コロナの感染拡大で市場が不透明になる中、北米の開発拠点などを大幅に縮小。同年10月、「一旦立ち止まる」(泉沢社長)と事業の凍結を発表した。

社長「参入前の勉強欠けてい…

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