検証・オフレコ取材の功罪 国民への報道義務か、取材対象への迎合か

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記者の質問を聞く岸田文雄首相(左)。右は荒井勝喜首相秘書官=首相官邸で2023年2月3日午後6時15分、竹内幹撮影
記者の質問を聞く岸田文雄首相(左)。右は荒井勝喜首相秘書官=首相官邸で2023年2月3日午後6時15分、竹内幹撮影

 LGBTQなど性的少数者や同性婚に関する差別発言で荒井勝喜元首相秘書官が更迭された問題によって、オフレコ取材のあり方に世論の関心が集まっている。今回、毎日新聞が実名で報じた経緯を改めて説明し、オフレコの功罪を読者とともに考えたい。

 オフレコは「オフ・ザ・レコード」の略称で、記者は取材中に録音やメモをしないのが原則だ。取材対象と記者の合意で成り立っており、聞いた話を一切公表しないと約束する場合もあれば、匿名で報じる場合もある。岸田内閣の首相秘書官へのオフレコ取材は「首相周辺はこう語った」などの形で記事に引用でき、3日夜に首相官邸であった荒井氏への取材もこれに該当する。

 当日の取材では、岸田文雄首相が1日の衆院予算委員会で同性婚の法制化について「社会が変わってしまう課題だ」と答弁したことがテーマになり、荒井氏から「同性婚を認めたら国を捨てる人が出てくる」など一連の発言が出た。現場には毎日新聞を含む報道各社の記者約10人がいた。

 首相秘書官は政策立案や首相の国会答弁の調整に携わる重要なポストだ。毎日新聞は、性的少数者を傷つける差別的な発言は岸田政権自体の人権意識に関わる重大な問題だと考え、荒井氏に実名で報じると伝えたうえで3日午後11時前に記事を配信した。

 発言を「首相周辺」を主語にして報じる選択肢もあった。しかし、2002年には当時の福田康夫官房長官が匿名の「政府首脳」として非核三原則の見直しに言及。波紋が広がった後で実名報道を容認したことから、実名を明かさない「懇談」形式の取材手法の当否が議論になった。ルールを墨守した匿名報道は読者のメディアに対する信頼を低下させる場合がある。

 荒井氏の差別発言報道を受け、読売新聞は7日付朝刊社説で「本人に伝えれば、オフレコも一方的に『オン』にして構わないというなら、オフレコの意味がなくなる。取材される側が口をつぐんでしまえば、情報の入手は困難になり、かえって国民の知る権利を阻害することになりかねない」と懸念を表明した。

 しかし、記者が排除を恐れて取材対象に迎合するばかりでは、オフレコ取材はなれ合いの場に転じ、それこそ知る権利は形骸化してしまう。近年は時の政権によるメディアの分断が進んでいる。ある社のオフレコ解除が全メディアに影響するとは考えにくく、むしろ政権側は自身に好意的なメディアとのオフレコ取材には応じるだろう。

 首相は荒井氏の発言を「言語道断」と非難し、すぐに更迭した。自民党はたなざらしにしていた超党派の議員立法「LGBT理解増進法案」の今国会提出に向け、重い腰を上げつつある。発言を見過ごしていたら……と思うと背筋が寒くなる。【政治部長・中田卓二】

米では明確な線引き

 米国では、取材の基本的なルールとして四つの方式がある。報じることができる範囲に応じて、オン・ザ・レコード(オンレコ)▽バックグラウンド▽ディープ・バックグラウンド▽オフ・ザ・レコード(オフレコ)――と分類されている。国務省は、記者向けに示している「国務省職員との面談における基本ルール」の中でこの四つを挙げ、職員との会話やインタビューの際は初めに基本的なルールについて合意しておく必要があるとしている。

 記事の後半では、オフレコ取材に対する専門家の見方や、荒井元首相秘書官による差別発言の要旨を紹介します。

 日常の取材は、オンレコとバックグラウンドがほとんどだ。オンレ…

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