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「お元気でした?」
私の手と重なり合ったのは、30年ぶりの懐かしい手のひらだった。
手の形は、顔のように一目で分かるほど明確ではない。それは、「目力」ならぬ「手力」というようなものを伴う、曖昧な形なのだ。懐かしき手は、学生時代に歌のピアノ伴奏をしてくれた友人の手だ。密室のレッスン室で肩を抱くことも何もなく、お互いひた向きに技術の向上を目指したのは、モラトリアムな時の流れのせいだろうか。
なぜ手の形を覚えていたのだろう。見事に歌と伴奏が重なり合って難関をクリアした瞬間に、思わず手を取り合いながら喜びを分かち合ったことがあったからか。そういえば、鍵盤を弾く彼女の手の上から手を重ねて、指の動きを触らせてもらったことがあった。何事も一生懸命な彼女の指は力強く鍵盤に落ち、健康的に跳ね上がった。再び重なり合った手は、遠い記憶を引っ張り出してくれたのだ。
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