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ウクライナ侵攻1年 核使用の懸念 破滅の道避ける知性こそ

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 東西冷戦下の米国市民にとって核戦争の恐怖は身近だった。政府機関が作成した防災避難マニュアルが広く配布され、学校では避難訓練が日常的に行われた。

 1960年前後に首都近郊に配られたマニュアルには保護者向けの注意書きがある。「登校中の生徒は学校の避難計画に従う。計画がない学校には策定を求める」

 核戦争におびえる時代の光景だが、その恐怖が今、ウクライナによみがえる。首都の公立学校がロシアの核攻撃に備えて避難訓練を実施する様子を本紙が伝えた。

 教諭が「日本の広島と長崎では核爆弾が実際に落とされている」と教え、生徒は防じん用のビニールのレインコートに身を包んで地下のシェルターに避難した――。

 「プーチン(露大統領)は非情で何をするかは分からない。我々にできることは、訓練を続け、その成果が発揮されないよう祈ることだ」。校長の訴えは切実だ。

威嚇続けるプーチン氏

 悪夢を呼び戻した人物こそ、プーチン氏である。「核大国」を誇示し、「核の威嚇」を繰り返してきた。単なる脅しと聞き流すことができない理由がある。

 ロシアは米欧の圧倒的な通常戦力を前に核戦力の強化に傾斜する。相手の戦意をくじく狙いで限定的な核使用を視野に入れ、先制攻撃も辞さない戦略を持つ。

 爆発力を抑制した戦術核を使う想定という。破壊力が大きい戦略核とは異なり、ハードルは下がる。核使用が現実味を帯び、世界を恐怖に陥れている。

 実際にプーチン氏が核のボタンに手をかけるかは分からない。だが、行き詰まった戦況を打開しようと窮余の一策とする可能性は否定できないという見方が強い。

 最悪の事態を回避するにはどうすればいいか。バイデン米大統領はウクライナへの全面支援を約束し、「ロシアが勝利することは決してない」と圧力をかける。

 ロシア軍を撤退させるまで軍事支援を継続する構えだが、一方でプーチン氏を追い込めば追い込むほど核使用のリスクが高まるというジレンマがある。

 米国がウクライナに送る兵器を慎重に選んできたのは、そのためだ。すでに決定した主力戦車に加え、戦闘機も求められているが、態度を留保している。

 重要なのは、核兵器を使えばその報いを受けると認識することだ。米欧が軍事介入し、核による応戦には至らなくても大規模な反撃に打って出る可能性は大きい。

 ロシアと接触を続ける中国やインドも離反するだろう。米欧は一段と強い経済制裁を科し、国際的な孤立も一段と深まる。ロシアには何の利益ももたらさない。

 核の威嚇を戦略に組み込んだロシアの姿勢は、国際的な軍備管理の規範を揺るがした。

 ロシアは国連で非核保有国に対して核の威嚇や使用はしないと繰り返し誓約してきた。ウクライナへの核の威嚇は、この国際公約に明確に反する。

 さらに無責任なのは、米露間の新戦略兵器削減条約(新START)の履行をプーチン氏が「中断する」と表明したことだ。核戦力の強化も訴える。核軍縮義務の放棄に他ならない。

 核ドミノの危険もある。北朝鮮は核態勢を強化し、イランは核開発に固執する。野心を持つ国が他に出てきても不思議ではない。

軍備管理の立て直しを

 世界は新たな核軍拡競争の時代に突入している。米露に加えて中国も核戦力を強化している。米国によると、戦略核の配備数は十数年で米露と肩を並べるという。

 核弾頭を搭載でき、迎撃が難しい極超音速ミサイルなどの新型兵器の開発も進む。米国よりも中露が先行する。

 北朝鮮は戦術核の開発に注力する。大陸間弾道ミサイル(ICBM)に加え、短距離弾道ミサイルの発射を繰り返し、戦術核の能力を誇示している。

 核の脅威が高まる今だからこそ、包括的な軍備管理の再構築が求められる。戦略核だけではなく、新たに戦術核や新型核にも規制の網をかけ、拡散を阻止する方策が不可欠だ。

 報復を恐れて核攻撃をためらわせてきた冷戦期の「恐怖の均衡」は機能しない。指導者の思惑に左右されずに核の威嚇と使用を封印する新たなメカニズムが必要だ。

 核戦争におびえる世界に逆戻りさせてはならない。破滅の道を避ける知性が今こそ求められる。

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