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共生社会実現に向けた報道などに提言する「毎日ユニバーサル委員会」。有識者らが時々のテーマに沿って議論を交わします。

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第13回座談会 壁なき社会へ、これからも

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川内美彦氏 拡大
川内美彦氏

 毎日新聞社の共生社会実現に向けた報道などに提言してもらう「毎日ユニバーサル委員会」の第13回座談会が2月22日、東京都千代田区の毎日新聞東京本社で開かれた。東京オリンピック・パラリンピックを機に委員会が設置されてから6年を迎え、今回はこれまでの議論を基に、誰にとってもバリアー(障壁)のない社会を目指して、委員会の考えを広く発信するための5項目のメッセージを取りまとめた。【司会は前田浩智・毎日新聞主筆、写真は竹内紀臣】

身近で考える、変化への一歩

 前田主筆 今回取りまとめたメッセージに込めた思いを聞かせてください。

 河合純一委員 メッセージには「ダイバーシティー」などカタカナの言葉が複数入っています。分かりにくいとの意見もありますが、日本語に当てはめると本当の意味が伝わりにくい恐れもあります。新たな言葉を理解してもらうことには、新しい概念を広げる役割があるように思います。

鈴木大地氏 拡大
鈴木大地氏

 国際パラリンピック委員会(IPC)は差別解消に向け「We The 15」という、世界の15%の人に障害や何らかの不自由さがあることを訴えるキャンペーンをしています。日本人に多い鈴木さんや田中さんといった名字の人よりも割合が大きいのに、障害者とほとんど話をしたことがないとすれば、不自然な状態だと気づくべきです。

 障害者に関する内閣府の2月発表の世論調査では、世の中に障害を理由とした差別や偏見があると答えた人が88・5%いました。差別を少しでもなくすため、実生活に引き寄せて何ができるか考えてもらうことが重要だと思います。

 鈴木大地委員 障害者スポーツでは東京パラリンピックがコロナ禍で無観客となり、思っていたことができなかったのが心残りですが、2025年には東京でデフリンピックが開かれます。スポーツの立場から共生社会の実現に向け、少しずつ進みたいです。

 スポーツは運動が得意な人だけのものではなく、国や肌の色も関係なく、誰もが感動し心を打つ力があります。LGBTQを巡る問題など社会課題の解決にもつながり、社会を変える力があると信じています。障害者スポーツはまさに、その力があると思います。これからもスポーツの重要性と意義を熱く語っていきたい。

田中里沙氏 拡大
田中里沙氏

 田中里沙委員 取りまとめたメッセージは、行動指針のような力強さがあると感じます。不透明で予測困難な時代において、ビジネスの世界では多様性を生かした共創が大事だといわれます。その共創はベースに共生がないと成り立たない。社会的な障壁や境界を無くそうという姿勢と活動が新しい事業やサービスの誕生につながります。

 高齢社会では、誰もが日常生活にスポーツを取り入れることで健康が保たれます。特に女性は健康寿命を延ばすことが課題とされますから、それらを達成するためにも、障害者スポーツで得る知見から学ぶことは少なくないと思います。

 知花くらら委員 子供が生まれ、以前分からなかった世界が急に見えるようになりました。例えば、建物の段差は建築デザインとして優れていても、ベビーカーを押していると「どうやって上ろうか」とすごく大きな問題になります。障害がある方の視点を映像化できたら、私たちに見えていない街の風景や建物の詳細が見えてくるのではと思います。

 海外では、車椅子の方に「お手伝いしますか」と声をかけた際、相手から「結構です」と言われても「分かりました」とサバサバと答える雰囲気があり、見ていてうらやましく感じます。日本ではそもそも声をかけることをためらう雰囲気があり、ベビーカーを押している時に「手伝いましょうか」と言われて私自身うれしかったことを考えると、もっとフランクなコミュニケーションが広がればいいのになと思います。

河合純一氏 拡大
河合純一氏

 川内美彦委員 なぜカタカナ語が多いのかというと、日本語に概念がないから。「reasonable accommodation」は「合理的配慮」と訳されますが、「適切な調整」とも訳せます。「配慮」というと提供側からの一方通行のように思えますが、合理的配慮の実現には「関係者がみんな納得するよう調整しましょう」という建設的対話が重要です。

 海外から言葉や制度がどんどんやってきますが、何のためにそれが必要なのか考えることが重要です。日本も批准した国連の「障害者権利条約」がいい例です。「思いやり条約」でも「福祉条約」でもありません。障害者の権利である平等な社会参加の実現を目的にしています。その目的を達成するために建築や交通のハードをどのようにするかという議論が出てきます。

 ところが日本では、ハード面が整備されてもその目的が理解されておらず、車椅子も乗れるユニバーサルデザイン(UD)タクシーが普及しても、車椅子利用者らの乗車が拒否されるような事態が起きてしまうのです。障害者の社会参加を阻んでいるものは何かを考え、ゴールは「権利」なのだということを理解することが重要です。

10年後の共生、子どもと描こう

知花くらら氏 拡大
知花くらら氏

 前田主筆 私たちはなぜ共生社会、ユニバーサル社会を目指さなければならないのか。原点を確認する上で改めて語ってください。

 川内委員 原点となると、平等や権利の実現のためということになります。ただ、平等には形式的な平等と実質的な平等があります。例えば、塀の向こう側で行われているサッカーの試合を観戦したい背丈の異なる3人がいる。一番背の高い人だけ塀から顔を出せる高さの踏み台を3人すべてに与えることも平等ですが、それでは2人は観戦できない。それぞれ塀から顔を出せる背丈に合った踏み台を与えるとすると、3人とも平等に観戦できます。後者が実質的な平等ということになります。

 同じ平等という言葉を使っていても、一人一人考え方が違っていることもあり得る。みんなの認識をそろえておかないと、誤解があったまま進んでいく危険性があるように思います。

 知花委員 国連世界食糧計画(WFP)の日本親善大使として、食料支援のためさまざまな国や地域に赴きました。地域ごとに抱えている課題、人それぞれに抱えている貧しさも異なり、何をどこまで支援するかというのは難しい問題でした。豊かさを求め出すと、きりがありません。

 現場で考えたのは、最低限の生活の中で健やかに暮らせることが権利なのだろうと。それが保てないのであれば、支援が必要だと思うようになりました。自分の意思で選択して生きることができることも、最低限の権利だと思います。

 田中委員 昨今、社会課題の解決という言葉が注目され、解決に導くための構想を考え、新しい価値を創出することが期待されています。そのために必要なのが、個々人の能力を最大限に発揮するための機会の平等です。機会が平等であれば、リスクを恐れず意見を言い合える環境が職場や地域に生まれ、アイデアが出てくる。多様な人々がそれを共通目標として目指すことが、ユニバーサルや共生なのだと思います。

 女性の機会平等を進めるため、役職などの一定数を女性に割り当てる「クオータ制」という手法もありますが、女性の活躍の中身より数字に焦点が当たり目標になっているケースも見受けられます。女性が社会や企業の意思決定の場に入って力を発揮するにはどのような要件が必要か、さらに議論を深めることが大切だと思います。

 鈴木委員 私がスポーツ庁長官を務めていたころ、中央競技団体の運営指針「ガバナンスコード」を庁で策定し、理事の40%以上を女性にするとの目標を定めました。まずブルドーザー式に導入し、女性を入れればすぐにでも「女性を理事にしてよかった」と実感すると思います。スポーツ界が変わっていけば、社会全体にもいい影響を与えて少しずつ変わっていくのではと期待しています。

 日本の文化として、困った人や弱った人を助けるという道徳心も広く浸透していると思います。日本の独自性を生かした障害者へのアプローチを考えてみてもいいのではと考えます。

 川内委員 権利を主張することも必要ですし、道徳心も重要だと思います。ただ、障害があることと困っていることは分けて考えるべきでしょう。障害がある人が自由に行動できずに困るような環境が作られているから問題なのです。障害があっても困らない社会を目指すことが必要です。

 前田主筆 障害者に関して、学校現場では主に道徳心を教えていたように記憶しています。

 河合委員 教育委員会は現場の先生を含め障害者雇用率が非常に低かったという歴史的な背景もあり、障害者のことを意識しないで議論が進んでしまいがちです。そうなると、障害者の問題が親切心など気持ちの問題にすり替えられてしまうことが少なくありません。今は学校の部活動の地域移行が話題となっていますが、ここでも障害のある子どもがいることを意識されずに議論が進んでいるように思います。

 かつて五輪とパラリンピックは別々の組織委員会が運営していましたが、長い年月をかけて統合されました。10、20年後にどんな社会を目指すのか。子どもたちも交えて一緒に考えていくべき時です。問題を提示し続け、互いに分かったと思い込まずに、関心を持ち続けることが大切です。

 前田主筆 今後の報道について。

 鮎川耕史・社会部長 パラスポーツを浸透させるためにも、バリアフリー化を後押ししながら、社会のバリアーが忘れられたり、放置されたりしないようにしていくことが重要です。さまざまな角度から報道し、社会全体が底上げされることを目指します。

 藤野智成・運動部長 解決されていない問題がまだ多くあると改めて認識しました。SNS(ネット交流サービス)の発達を背景に異なる意見への攻撃的なメッセージが増え、それに過敏になっている時代ですが、本音の議論にもっと踏み込む報道をしていきます。


委員会メッセージ 「誰もが自分らしく」実現へ

 毎日新聞社は、東京オリンピック・パラリンピックを機に、「共生」をキーワードに社会のさまざまなバリアー(障壁)や差別、偏見を問い直すキャンペーン「ともに2020 バリアーゼロ社会へ」を2016年に始めました。

 その一環として、報道に提言してもらう「毎日ユニバーサル委員会」を17年2月に設置し、街のバリアフリー、障害者の雇用や教育、東京オリンピック・パラリンピック大会の意義などについて、5人の有識者と本社主筆による計12回の座談会で意見を交わしてきました。

 議論の内容を今回改めて5項目のメッセージにまとめ、誰にとっても障壁がなく、自分らしく生きられるユニバーサル社会の実現を目指して発信します。

障害者の権利を尊重しよう

 社会に参加することや移動の自由は、誰もが持つ権利です。障害者への「合理的配慮」は、恩恵や親切心ではなく、障害者の権利を侵害しないためのもの。障害者や困難のある人たちの権利を尊重し合い、物理的にも制度的にもバリアフリーを広げましょう。

社会的なバリアーを取り除こう

 社会が作り出すバリアー(障壁)は、特定の人にだけバリアーとなるため平等な社会ではなくなります。差別や偏見の問題とも密接に関連しています。一人一人が互いの尊厳を大切にし合い、全員が人として平等に扱われる社会をつくりましょう。

アクセシビリティーを高めよう

 東京五輪・パラリンピック大会を機に、施設の設計などでアクセシビリティー(利用しやすさ)に優れた国際パラリンピック委員会(IPC)の基準が意識されるようになりました。一過性にならないよう、建築関係の法律などに国際的な基準を盛り込む法整備を求めます。障害者や高齢者、外国人が生活の中で情報を得られず困ることのないよう、点字や手話が利用できるなど情報アクセシビリティーの向上も必要です。

インクルーシブを広げよう

 ダイバーシティー(多様性)と共生は、これからの時代のキーワードです。学校や職場、街の中のあらゆる場面で、誰一人取り残されないインクルーシブ(包摂的)な社会を目指すことが必要です。それぞれの状況やニーズに応じた柔軟な対応が求められ、互いを理解し合うためにコミュニケーションを取ることが重要です。

障害者スポーツさらなる普及を

 障害のある人も地域や学校でスポーツに取り組めるよう、施設へのアクセスや利用環境の改善、指導者の育成、クラブ活動などに参加できる環境作りを推進しましょう。障害者スポーツ団体やその活動を支える企業などへの支援を進めることも重要です。スポーツを通じて障害者と一緒に活動することで、差別の解消や課題の認識、問題解決への取り組みにつながっていきます。


これまでの座談会のテーマ

第1回2017年3月8日

五輪・パラリンピックとバリアーゼロ社会

第2回7月6日

障害者の競技場アクセシビリティー

第3回18年4月6日

2020年東京オリパラで求められるバリアフリー対応

第4回11月15日

「外国人に優しく」という観点を

第5回19年6月21日

障害者の雇用と教育

第6回20年2月4日

ソフト面から考える共生社会

第7回6月27日

コロナ危機で考える共生社会※寄稿形式で掲載

第8回10月14日

東京大会1年延期とコロナ禍がもたらす影響

第9回21年1月25日

バリアフリーの進捗(しんちょく)と課題

第10回6月22日

あらためて問う、オリパラの意義

第11回10月5日

東京2020大会を総括する

第12回22年9月13日

東京オリパラ開催から1年で見えてきた成果や課題

体制変更しテーマ拡大

 毎日ユニバーサル委員会は有識者5人と本社主筆によって構成され、2017年に設置されて以降、バリアフリーや障害者問題のほか、東京五輪・パラリンピックの話題を中心に意見を交わしてきました。

 誰もが自分らしく生きられるユニバーサル社会の実現に向け、4月以降は議論のテーマをヤングケアラーや難民、外国籍の不就学児など社会課題となっている問題にも広げていきます。

 それに伴い有識者の数を8人に増やし、取り上げるテーマごとにその分野に詳しい4~5人の委員に議論してもらうなど、委員会の体制や運営を変更します。障害者の問題や障害者スポーツについては、今後も積極的に取り上げます。


 ■人物略歴

川内美彦(かわうち・よしひこ)氏

 1953年生まれ。工学博士、1級建築士。スポーツ事故がもとで19歳から車椅子生活に。米国でユニバーサルデザインを学び、2008年から東洋大の教授を11年間務めた。元東洋大教授


 ■人物略歴

鈴木大地(すずき・だいち)氏

 1967年生まれ。医学博士。88年ソウル五輪競泳100メートル背泳ぎで金メダル。2015~20年、初代スポーツ庁長官を務めた。現在は日本水泳連盟会長や世界水泳連盟理事も務める。順天堂大大学院教授


 ■人物略歴

田中里沙(たなか・りさ)氏

 1966年生まれ。広告・マーケティングの専門雑誌「宣伝会議」の編集長などを経て、2016年から現職。地方創生や新事業創出の研究と人材育成に携わり、政府審議会の委員も務める。事業構想大学院大学学長


 ■人物略歴

河合純一(かわい・じゅんいち)氏

 1975年生まれ。先天性の弱視で15歳の時に全盲に。パラリンピック競泳で金5個を含む計21個のメダルを獲得。2016年に国際パラリンピック委員会(IPC)殿堂入りした。日本パラリンピック委員会委員長


 ■人物略歴

知花くらら(ちばな・くらら)氏

 1982年生まれ。2007年から国連世界食糧計画(WFP)のオフィシャルサポーターや日本親善大使などを延べ15年務めた。テレビやラジオに出演し、昨年2級建築士の試験に合格。モデル

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