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美術評論家で大原美術館館長の高階秀爾さんのコラムです。展覧会だけでなく、今気になるさまざまなテーマを取り上げます。

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3月 「没後190年 木米」展 サントリー美術館 文人たちの煎茶文化=高階秀爾

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「紫霞風炉」 木米 一基 文政7(1824)年 個人蔵
「紫霞風炉」 木米 一基 文政7(1824)年 個人蔵

 夏目漱石の特異な芸術論小説『草枕』(1906年)のなかに、新しい画境、画題を求めて山の温泉場にやってきた主人公の「画工」が、旅のつれづれを慰めるため、土地の有力な趣味人からお茶の会に招かれる場面がある。

 相客は観海寺の和尚で名は大徹、それに、茶の湯とはあまり縁のなさそうな24、25歳の若者である。

 有力者はなかなか趣味が広くて茶器などもいろいろ集めているらしい。時々お茶会を催すのも、ひとつには収集品の自慢をしたいためと思われる。事実「さあ御茶(おちゃ)が注(つ)げたから、一杯」と、やや大ぶりの茶碗(ちゃわん)を各客人の前に置く。茶碗には絵だか、模様だか、ちょっと見当のつかないものが、べたに描いてある。ヨーロッパでは宗教戦争や農民戦争など動乱の絶えなかった時代に「徳川の平和」を享受した日本では、中国の詩書画、すなわち詩文や芸術に憧れて研究を重ね、それぞれの分野で多くの優れた作品を生み出し、同好の志と交わり、清談を楽しんだ多くの文人たちがいた。

 現在、東京・六本木のサントリー美術館で開催されている「没後190年 木米」展は、この時代の代表的文人であり、陶工、画家でもあった木米(もくべい)(1767~1833年)の多彩な創造活動をまとめて見せてくれる興趣尽きない好企画展である。

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