榛名神社の随神像、1906年当時の姿に修復 「群馬の誇り」

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榛名神社の随神門=群馬県高崎市榛名山町で2023年2月14日、増田勝彦撮影 拡大
榛名神社の随神門=群馬県高崎市榛名山町で2023年2月14日、増田勝彦撮影

 榛名神社(群馬県高崎市榛名山町)の参道の入り口にある楼門「随神門」にある一対の随神像が修復され、色鮮やかによみがえった。門に向かって左が口を開けた「矢大神」、右は口を閉じた「左大神」で、ともに武者姿。1月下旬に随神門に戻り、制作された1906(明治39)年当時の姿で参拝客を迎えている。【増田勝彦】

 榛名神社や高崎市によると、同神社の歴史は古く、平安時代の927年にまとめられ、全国の主要な神社の名を記した「延喜式神名帳(えんぎしきじんみょうちょう)」の中に「上野国十二社」の一つとして取り上げられている。神と仏への信仰が一体の神仏習合の時代は仏教色が強く、現在の「随神門」の両側には、運慶作と伝えられる仁王像があった。仁王像は明治維新の廃仏毀釈(きしゃく)により焼かれ、そのスペースはしばらく空いたままになっていたという。

修復を終えた左大神像=高崎市榛名山町の榛名神社で2023年2月14日、増田勝彦撮影 拡大
修復を終えた左大神像=高崎市榛名山町の榛名神社で2023年2月14日、増田勝彦撮影

 台座などの記載によると、随神像が安置されたのは60年に一度の大祭が同神社で開かれた1906年。地元の室田町の住民が、前年の町制施行を記念して寄付を集め、東京・日本橋の仏具店に制作を依頼し、一対を献納したとされる。

 東京芸術大大学院で仏像の保存、修理を専攻した下仁田町の全盲の彫刻家、三輪途道(みちよ)さんは視力のあった時に見た像について、「随神像の彫刻は全国でも少ないが、榛名神社の随神像は素晴らしい。特に口を閉じている左大神の顔はよく彫れている。群馬にこのような彫刻があることを誇ったほうがいい」と評価する。

修復を終えた矢大神像=高崎市榛名山町の榛名神社で2023年2月14日、増田勝彦撮影 拡大
修復を終えた矢大神像=高崎市榛名山町の榛名神社で2023年2月14日、増田勝彦撮影

 修復は、三輪さんの紹介により、彫刻家で奈良県立美術館長の籔内佐斗司さんを中心に進められた。2021年10月に門から搬出され、欠損部分を修復するとともに、矢大神は青色、左大神は赤色に衣装が彩色され、今年1月下旬に随神門に戻った。随神像は文化財の指定がなく、同神社が全費用は負担した。

 同神社宮司、佐藤眞一さんは「籔内さんからも『いいものですね』と言っていただき、改めて像の素晴らしさを実感した。美しくよみがえった随神像を、次の世代に伝えることができた」と話している。

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