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あまりにも長い時間を費やした。深刻さを重く受け止めなければならない。
1966年に静岡県で一家4人が殺害された事件で、死刑が確定した袴田巌さんの再審が決まった。再審を認めた東京高裁の決定に対し、東京高検が特別抗告を断念した。
死刑確定後に再審開始が確定するのは5人目で、静岡県で起きた島田事件の赤堀政夫さん以来、36年ぶりだ。過去の4人はいずれも無罪が確定している。
事件から57年がたつ。袴田さんは87歳になった。再審請求人の姉秀子さんも90歳である。
再審では、袴田さんに無罪が言い渡される公算が大きい。速やかに公判を始める必要がある。
2014年に静岡地裁が再審開始を決定したが、東京高裁は取り消した。これを最高裁が再び取り消し、審理を差し戻した。
捜査と裁判の検証必須
差し戻し審では、犯人のものとされた衣類に付いていた血痕の色が争点だった。衣類は事件の1年2カ月後、みそタンクの中から発見された。
高裁決定は、みそに1年以上漬かれば、血痕の赤みは消えるはずだと認定した。実際には赤みが残っており、既に逮捕されていた袴田さんが衣類をタンク内に隠すことは不可能だと指摘した。
弁護側は、血痕が黒褐色に変わるメカニズムを解析した専門家の鑑定書を提出した。検察側も血痕の付いた布を1年2カ月間、みそに漬ける実験を実施している。
双方が立証を尽くした上での結論だ。改めて最高裁に審理を求めても、覆すのは難しかった。
80年に死刑が確定して以降、袴田さんは執行の恐怖におびえる日々を過ごした。
9年前に釈放された後も不安定な立場に置かれてきた。苦難を強いた責任は重大だ。
これまでに、捜査と裁判の問題点が明らかになっている。
袴田さんは連日、長時間の取り調べを受けた。トイレに行くのも許されず「自白」を強いられた。裁判に提出された自白調書45通のうち、44通は採用されなかった。
血痕が付いた衣類が確定判決の決め手になったものの、検察側はそれが見つかるまで、別の服装で犯行に及んだと主張していた。
裁判で、犯人のものとされるズボンを袴田さんが着用しようとしたが小さすぎて、はけなかった。
今回の高裁決定は「捜査機関が衣類を隠した可能性が極めて高い」と証拠捏造(ねつぞう)の疑いに言及した。最初に再審を認めた静岡地裁も同様の指摘をしている。
事実とすれば言語道断であり、市民の信頼を損なうものだ。当時の捜査を検証し、実態を解明しなければならない。
死刑判決を重ねた裁判所の責任も問われる。1審の裁判官だった熊本典道さんは、無罪の心証を持ちながら他の裁判官を説得できず、心ならずも死刑判決を書いたことを告白している。
早急に手続き見直しを
そもそも証拠が乏しい事件だった。捜査機関や裁判所は、「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則を再確認すべきだ。
袴田さんが最初の再審請求をしてから42年になる。時間の経過が、再審制度の不備を浮き彫りにしている。
特に問題なのは、検察側に証拠を開示させるルールがない点だ。裁判官の判断に左右され、「再審格差」と指摘される。
袴田さんのケースでは、第2次再審請求になってから約600点の証拠が開示された。血痕が付いた衣類のカラー写真などが含まれ、弁護側の主張を補強した。
過去に再審無罪となった事件でも、新たに開示された証拠が無罪の決め手となった例が多い。
裁判所が再審開始決定を出しても、検察側が不服を申し立てられることが、審理の長期化を招く一因になっている。
欧米などは再審制度を拡充しており、ドイツは検察の不服申し立てを認めていない。日本弁護士連合会は、検察側の抗告を認めないよう、制度改正を求めている。
再審は、誤った司法判断を是正する重要な手続きだ。とりわけ死刑判決の場合、執行されれば、後で冤罪(えんざい)と判明しても取り返しがつかない。
刑事訴訟法の再審に関する規定は終戦直後から変わっていない。冤罪被害者を救済するための見直しが急務だ。