喧騒の中つづる野球愛 あるブックカフェ店主のWBC日記
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オリンピックやサッカーのワールドカップなどには熱狂的な応援がつきものだ。今回、日本も舞台となった野球の国・地域別対抗戦、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)。「史上最強」とうたわれた日本代表の登場で開幕前から大きな盛り上がりを見せた。ただ、その様子を喧騒(けんそう)と感じる人々もいるだろう。記者もそんな一人。静かに楽しむにはどうすればいいのか。思案の末、ある場所を訪ねた。
東京・初台にあるブックカフェ「fuzkue(フヅクエ)」。ここは会話やパソコンの使用が厳禁のほか、音を立てぬようペンの使用にも細かなルールがある。本を読むための理想の場所を追求し、現在の運営スタイルにたどり着いた。
無類の読書好きである店主の阿久津隆さん(37)は2014年に初台に「フヅクエ」をオープン。現在は下北沢、西荻窪と都内で3店舗を営む。16年10月から古今東西の本を読む日々をつづり、1週間分の日記をまとめてメールマガジンで配信している。
17年9月分までを書籍化した著書「読書の日記」(NUMABOOKS)は読書と銘打ちながら、日記の初日が「本を開いていない」という印象的な書き出しで始まる一冊だ。どこで何をどんな思いで読んだかがつづられている。登場する作家もヘミングウェイ、フォークナーら巨匠から日本の新進気鋭まで幅広い。
日記は身辺雑記であるがゆえに、本についてのことだけでない思わぬ副産物も生んでいる。子どもの頃からプロ野球・日本ハムのファンという阿久津さんが随所に、野球への愛情あふれる記述を残しており、「野球賛歌」にもなっているのだ。例えば16年10月17日の記述には、こうある。
「(大谷翔平選手の守備位置変更を告げる)アナウンスとともに湧き上がる歓声というか、(中略)たしかに待っていたことであり、本当に、本当に、本当に、という4万人だかの声に鳥肌が立った」
大谷選手が所属していた日本ハムが日本シリーズ進出を決めた試合だ。大谷選手は九回に登板し、プロ野球最速の165キロを連発。日記はその翌日のものだ。この年、パ・リーグの最優秀選手賞(MVP)に選ばれると、阿久津さんは未来を予見するかのように記した。「彼は史上初の、あるいはベーブ・ルース以来の『プロの野球選手』という存在」
こんなのもある。1年の締めくくりに何を読むのか悩む場面だ。「今この状況で何かを読み始めなければいけないならば、俺は栗山英樹を選ぶ」として、「『最高のチーム』の作り方」(ベストセラーズ)を挙げた。栗山監督は当時、日本ハムを率いていた。
かなりの野球好きなのだろうと想像しながら日記を読んだが、不思議に思った。読書のための店ならば店主といえどもテレビ観戦は難しい。そんな店を切り盛りしながら、どうやって野球と向き合うのか。さらにSNS(ネット交流サービス)を通じて情報が洪水のようにあふれる時代。しかも今回の日本代表は栗山監督が率いて、大谷選手が投打で活躍した。試合の行方を気にせずにいられるものなのか。阿久津さんの暮らしには、また別の形でスポーツを楽しむためのヒントがある気がした。
阿久津さんに疑問をぶつけると、こんな答えが返ってき…
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