長野立てこもり 警察官銃撃の直前「容疑者は笑み浮かべていた」

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立てこもりの男を確保した後、現場付近を走る捜査員ら=長野県中野市で2023年5月26日午前4時41分、宮間俊樹撮影 拡大
立てこもりの男を確保した後、現場付近を走る捜査員ら=長野県中野市で2023年5月26日午前4時41分、宮間俊樹撮影

 静かな田園地帯に銃声が響いた。長野県中野市で発生した立てこもり事件で、犠牲となった住民と警察官の4人はナイフや猟銃で次々と襲われたとみられる。「パトカーに銃口を向けて笑みを浮かべているようだった」。助けを求める悲鳴とサイレンで騒然とする中、猟銃を手に歩き回る青木政憲容疑者(31)を住民たちが目撃していた。

 「人が刺された」。25日午後4時20分ごろ、造園業の男性(63)が畑仕事をしていると、隣の畑でネギなどの手入れをしていた知人の妻が慌てた様子で駆け寄ってきた。そばには近くに住む村上幸枝さん(66)が血まみれで倒れていた。男性はすぐに119番した。

 間もなく1台のパトカーが到着した。村上さんに心臓マッサージをしていると政憲容疑者が父親の青木正道・前市議会議長(57)らと暮らす自宅の方向から近づいてくるのが見えた。銃を持ち、腰にはサバイバルナイフをぶら下げ、笑っているようだった。

立てこもりがあった青木正道前議長宅 拡大
立てこもりがあった青木正道前議長宅

 男性は「(政憲容疑者は)コミュニケーションが苦手な感じで、笑っているところをあまり見たことがない。だが、あのときは初めて見るような笑みを浮かべていた」と振り返る。

 警察官が政憲容疑者に向かってクラクションを鳴らした。その直後、「パン、パン」と乾いた銃声が聞こえた。「逃げろ」。隣の畑で作業をしていた知人が叫んだ。

 男性はしばらくしてパトカーのところに戻った。運転席側の窓ガラスは割れ、警察官2人がぐったりとしていたが、首はまだ少し動いていた。

 「助けてやって」。応援で駆けつけた警察官にそう絞り出すように言うのがやっとだった。男性は「(知人が)村上さんが刺された時に声を掛けると、(政憲容疑者は)『殺したいから殺した』と答えたと聞いた。発砲後も普通に歩いて家に戻っていった」と証言する。

事件現場近くを通る子供たち=長野県中野市で2023年5月26日午前7時51分、宮武祐希撮影 拡大
事件現場近くを通る子供たち=長野県中野市で2023年5月26日午前7時51分、宮武祐希撮影

 同じころ、前議長宅のそばにサイレンを鳴らしたパトカーと救急車が次々と止まった。近くに住むパート従業員の男性(60)は窓越しに私服の捜査員2人が中に入って行くのを見た。

 「農作業中に事故でもあったのかな」。家の前に出ると、捜査員が後ずさりしながら出てきた。その直後、今度は政憲容疑者が飼い犬の紀州犬を連れて姿を現した。迷彩柄の服と帽子、赤いベストにサングラス姿で猟銃を構えていた。

 「銃を下ろしてください」。捜査員が呼びかけたが、応じず、沈黙したまま対峙(たいじ)した。数十秒後、政憲容疑者は銃を下ろし、無言で家の中に戻っていったという。男性は「家に戻る前に目が合ったが、表情は平然としていた。猟銃の免許を持っているのは知っていたが、どうして猟銃を持っているんだろうと不審に思った」と振り返る。

 男性はその後、自宅に来た警察官に「発砲事件があったから避難してほしい」と言われ、事件が起きていることを知った。県警からの依頼で、立てこもり現場を見張るために自宅を提供し、避難所になっている近くの中学校に身を寄せた。ヘルメットをかぶり盾を持った捜査員らが現場を行き来し、県警のヘリコプターが上空で旋回を続けるなど重苦しい一夜となった。

 政憲容疑者の身柄が確保されたのは、発生から約12時間後の26日午前4時37分。男性は「最近は会ってもあいさつもしなくなった。ゆうべは避難先で一睡もできなかった。なんでこんなことになってしまったのか」とため息をつく。

 その後、現場付近では負傷したまま救助されずにいた近くに住む竹内靖子さん(70)が見つかったが、まもなく死亡が確認された。近所の住民によると、夕方に近所を散歩するのが日課だったという。死亡した村上さんと竹内さんの2人と交流があったという女性(50)は「竹内さんは近所の掃除を張り切ってやっていたのが印象的だった。村上さんは週末になると2人の孫が遊びに来て、よく面倒を見ていたのに」と声を落とした。【菅健吾、井上知大、堀智行】

立てこもり事件があった現場近くで、交通規制に当たる警察官。周囲では農作業が行われていた=長野県中野市で2023年5月26日午後3時28分、手塚耕一郎撮影 拡大
立てこもり事件があった現場近くで、交通規制に当たる警察官。周囲では農作業が行われていた=長野県中野市で2023年5月26日午後3時28分、手塚耕一郎撮影

長野県中野市の立てこもり事件の経過

<5月25日>

午後4時25分ごろ

「男が女性を刺した」と110番。駆け付けた警察官2人に容疑者が発砲し、付近の青木正道・前市議会議長宅に立てこもる

夕方

市役所が防災無線で不要不急の外出を控えるよう放送

午後6時5分ごろ

女性1人の死亡を確認。後に村上幸枝さん(66)と判明

午後6時20分ごろ

中野署の玉井良樹警部補(46)の死亡確認

午後7時

厳重な装備に身を固めた捜査員ら=長野県中野市で2023年5月26日午前4時56分、宮武祐希撮影 拡大
厳重な装備に身を固めた捜査員ら=長野県中野市で2023年5月26日午前4時56分、宮武祐希撮影

中野署の池内卓夫巡査部長(61)の死亡確認

午後7時過ぎ

中野署が現場から半径約300メートルの住民に避難呼びかけ

午後8時過ぎ

県警が「現場建物から新たに複数回の発砲音がした」と公表

午後8時35分ごろ

現場から青木政憲容疑者(31)の母が脱出、保護される

<26日>

午前0時10分ごろ

前議長宅からさらに容疑者のおばが脱出し、保護される

午前4時37分

前議長宅から出てきた容疑者の身柄を確保

午前4時40分ごろ

現場付近で倒れていた竹内靖子さん(70)を発見。死亡を確認

午前8時21分

容疑者が殺人容疑で逮捕される

正午

県警の小山巌本部長が記者会見。「痛恨の極みだ」と発言

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