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「まだ観客の側で純粋に宝塚を楽しんで見られないんです。なぜなら明日やれって言われても内蔵助ができるから」
元宝塚歌劇団雪組トップスター、杜(もり)けあきさんの言葉に、変わらぬ男役愛を感じた。
内蔵助とは、30年前の退団公演「忠臣蔵」で演じた大石内蔵助のことだ。杜さんはこの作品と、映画スターを演じた「ヴァレンチノ」で、現役生として宝塚作品では初の菊田一夫演劇賞を受賞した。
宝塚歌劇は来年、初演から110周年、雪組も誕生から100年の節目を迎える。宝塚、そして雪組の一ページを切り開いた杜さんの舞台人生を2回にわたって振り返る。<全2回。次回は8日に掲載されます>
麻実さんアンドレに憧れて
杜さんが、宝塚の舞台を初めて知ったのは宝塚音楽学校を受験するわずか半年前のことだ。
1959年仙台市出身。警察官の父、主婦の母、3歳違いの姉の4人家族で育った。「ほんの小さな頃はテーブルに乗り、しゃもじを持って歌ったり踊ったりしていた」というが、習いごとはピアノや習字ぐらい。親戚も公務員が多く、芸事とは縁がなかった。
転機は、仙台白百合学園高校の2年だった夏。NHKで雪組公演の「ベルサイユのばら」が中継されると知り、姉と見た。日本中が「ベルばらブーム」に湧いていた頃。「友達の会話についていきたい」ぐらいの気持ちだったが、麻実れいさんが演じるアンドレに心を射抜かれた。主演の汀夏子さんが演じる男装の麗人・オスカルをいちずに愛する役どころだ。
「見終わった後、姉に一言、『ここに入る』と言ったそうです。こんな女の人がいるんだと憧れました。女性でありながら男性の人生を経験できるすごい仕事だ、と」
共に宝塚の魅力にのめりこんだ姉がアルバイトをして、バレエと声楽のレッスンに通わせてくれた。
受験では「巨匠」にムッ
翌春の受験では他の受験生が「みんなできる人のように見えた」が、不思議と「のまれなかった」のだという。2次試験の時、戦後宝塚の隆盛を支え、「巨匠」と呼ばれた演出家の故・内海重典氏に「仙台にも歌やダンスを教える所はあるの」と聞かれ、ムッとして、前に進み出て「あります! 仙台は都会です!」と答えた。「宝塚に対して何の知識もなかったんです。後で、絶対に落ちた、と思いました」
結果は合格。しかし入学早々、上下関係の厳しさと、決まりの多さに「カルチャーショック」を受ける。食べ物がのどを通らず、寮に入った初めの3日間で5キロ痩せた。手伝いで仙台から来ていた母は「こんなんじゃ帰れない」と心配したという。
ただ立ち直りも早く、次の1週間で体重は元通りになった。「順応性が高いということでしょうね」と、杜さんは楽しげに振り返る。ダンス、日本舞踊、三味線――「やったことがないものばかり」の授業が楽しく、のめりこんだ。「とにかく夢のようで。過酷は過酷だけど、これだけのことが学べるという楽しさが勝っちゃった。東北人特有の根性があるんでしょうね。努力なんて思ったことはなかったかもしれません」
入学した時は「ビリぐらいだったと思う」という成績は、卒業時には7番。困難を困難とも思わず、前を向いて歩みを進める杜さんらしさは、入団後も貫かれることになる。
「役」に追いかけられる日々
79年、歌劇団に65期生として入団。「トップスターになりたいとか、スターになりたい、という思いは全くなかった」と話す。
だが「そんなことを考える暇もないぐらい、どんどん『役』に追いかけられる日々」が待っていた。
初舞台は故・柴田侑宏氏が作・演出を手がけた「紅はこべ」。下級生のみで上演される新人公演で、いきなり名のある役がついた。雪組に配属後、入団3年目に「彷徨(さすらい)のレクイエム」の新人公演で初めて主演を務めると、以降はほとんどの新人公演で主演を任されるように。比例して本公演でも主要な役が回ってきた。
周囲から見れば順風満帆。だが杜さんは「舞台での実践が稽古(けいこ)みたいな状況。優雅に見える白鳥が水面下では必死に足をバタバタさせているように、毎回息切れしそうでした」と振り返る。
背中を押された演出家の言葉
忘れられないのは、「彷徨~」の後に出演した「暁のロンバルディア」。若手中心の公演で重要な役を演じることになっていたが、開幕前日、主演の上級生が足を痛めた。作・演出の正塚晴彦さんに代役を務めるよう指示され、胸元に台本を入れ、必死で舞台稽古をこなした。
「熱気を発したからか、体が衣装の赤色に染まってシャワーを浴びても取れないほどでした」。一睡もせずにせりふを覚え、迎えた公演初日。上級生は出演できることになったが、自分の声が出なくなっていた。「お客様に失礼だから、出演は無理です」。正塚さんに訴えたが、「お前が出てこそ意味がある」と言われて覚悟を決めた。
どう演じたかは記憶にない。ただ終演後「よかったぞ」と正塚さんから声をかけられたことは覚えている。
「きっと、ちゃんとやれたんでしょう。私ね、つらいことってすっごく忘れるんです。ありがたいことでしょ?」
ただ目の前の課題を懸命にこなす日々で、背中を押してくれた言葉がある。入団5年目、「うたかたの恋」新人公演で主演のルドルフを務めた。稽古終わりのある夜、作・演出を務めた柴田氏とタクシーで一緒になった。
「私、入団からずっと駆け足してるみたいで、これで大丈夫かなと思う時があるんです」。杜さんの問いかけに、柴田氏は「ハハハ」とゆったり笑い「お前の駆け足は当たり前。俺なんかいつもジャンプしてる」と答えた。
「こんなに大先生でもジャンプしてるんだと感動して。芸の世界は限りがない。私もどんどん進んでいかないと、と教えていただきました」【反橋希美】
23日にオンラインイベント
杜さんと、杜さんとコンビを組んだ元雪組トップ娘役・鮎ゆうきさんのオンライントークイベント「宝塚に愛を込めて~宝塚110年、雪組100年~」を23日午後2時~3時半に開きます。
毎日新聞の有料会員(宅配購読者無料プラン▽宅配購読者プレミアムプラン▽デジタルプレミアムプラン)に登録いただいている読者・ユーザーは無料で視聴できます。会員外の方の参加費は2420円。イベント終了後、録画を2週間程度視聴できます。https://mainichi-event20230923.peatix.comからお申し込みください。締め切りは23日午後2時。問い合わせはevent@mainichi.co.jpまで。
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