江戸・東京今昔/41止 江戸グルメ 息づく歴史かみしめ /東京
「五歩に一楼、十歩に一閤、みな飲食の店ならずということなし」。御家人で文人の大田南畝(おおたなんぽ)(1749〜1823年)が随筆「一話一言」で江戸の特色をこ…
「五歩に一楼、十歩に一閤、みな飲食の店ならずということなし」。御家人で文人の大田南畝(おおたなんぽ)(1749〜1823年)が随筆「一話一言」で江戸の特色をこ…
裁判を指揮しながら初めて訴状に目を通す。難しいところは飛ばし読みして思案する。この事件、与力の誰に担当させようか……。 幕末の1865年から9カ月間、南町奉行…
「盛り場も少く、大名や武家屋敷や寺院が多くて、(おもしろくもなんともない……)」 火付盗賊改方同心、木村忠吾は市中見回りの担当区域が上野、浅草方面から麻布方面…
「武家屋敷の中は警戒が緩い。女性が暮らす奥向き、長局(ながつぼね)は男子禁制で盗みは容易。万一見つかっても逃げやすい」。江戸で最も有名な盗賊の一人、鼠小僧(ね…
雪が降り積もった夜の比丘尼(びくに)橋のたもとに、「山くじら」の看板を掲げた料理屋がある。二代目歌川広重の錦絵「名所江戸百景 びくにはし雪中」に描かれた江戸中…
江戸時代、江戸から諸国に通じる街道には、日本橋を起点に一里(約4キロ)ごとに道の両側に塚が築かれ、エノキが植えられていた。一里塚と呼ばれ、旅人にとってどのあた…
「私の藩邸から近い縁日では、有馬邸の水天宮が盛んで、その頃江戸一番という群集であった」。明治以降、俳人として有名になる松山藩(愛媛県)藩士、内藤鳴雪(1847…
散歩の達人ならぬ鉄人と呼ぶにふさわしい。江戸後期、徳川御三卿の清水家に仕えた村尾正靖(号は嘉陵)。非番の日の散歩が趣味だが、半端ではない。 午前4時ごろに江戸…
遠浅の海岸で潮干狩りを楽しむ人々。沖合では白帆に風をはらんで数隻の船が江戸湾を走っている。歌川広重の錦絵「江都名所 洲崎弁天境内」に描かれた風景。海岸に接した…
地下鉄東西線門前仲町駅の南、大横川に架かる巴橋。この橋の東側に江戸時代、船着き場があった。1830年代に刊行された「江戸名所図会」の富岡八幡宮には、参詣客を乗…
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16日に行われた「大学入学共通テスト」で、マスクから鼻が出…
22日に迫った核兵器禁止条約の発効を「夢のようだ」という。…
「黙示録の世界をどう生きるか、これが私の問いかけです」。世…