
法政大総長・田中優子さんのコラム。江戸から見る「東京」を、ものや人、風景から語ります。
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とんだ霊宝
2022/8/3 13:08 804文字江戸時代の庶民は宗教を遊んだ。両国広小路に「とんだ霊宝」という見せ物が出ると、多くの庶民が押しかけて「よくできてる!」と感心しては帰って行った。これはご開帳の際に寺が見せる釈迦三尊や不動明王などを、乾鮭(からざけ)や大根、かんぴょうやするめを使って作り物に仕上げた見せ物で、いわばご開帳のパロディー
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本の寺子屋
2022/7/27 13:07 757文字長野県の塩尻市立図書館で、江戸時代の本について講演した。この図書館では2012年7月から「本の寺子屋」という活動を続けている。もう10年になる。全国から講師を呼ぶだけでなく、子どものための本の寺子屋もあり、絵本の原画展や写真展も実施し、美術館としても機能している。 それにしても「本の寺子屋」とは良
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投票率約52%
2022/7/20 13:02 779文字2022年の参議院選挙が終わった。17年の衆議院選挙の際に私は「選挙」という題名で、江戸時代には選挙制度がなかったので、政治を担う者と担えない者とが、身分によってはっきり分かれていたことを書いた。近代になってまずは特別な立場の者たちから投票できるようになり、次に男性全員に、戦後になってようやく女性
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現代の浄瑠璃
2022/7/13 13:00 767文字江戸時代はもちろん、明治時代まで本は多くの場合、音読されていた。家の中で誰かが読み、他の家族が聞いている。あるいは他の人に聞かせるつもりはなくとも、当然のように声を出して読んでいる、といった具合にである。現代の「読み聞かせ」は専ら児童書を小学生までの子供に読み聞かせることを意味していて、全く異なる
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プーチン憲法と自民党憲法案
2022/7/6 13:04 760文字自民党憲法改正草案について、ここでも何度か紹介してきた。特に憲法24条および前文に強調されている「家族」を国の統治の基本に据えるという価値観は、江戸時代で言えば武士階級の考え方である。国民全体で言えば明治時代の価値観で、これを未来の日本の社会像にしたことの意味を国民はよくよく考えなくてはならない。
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頼りない政権
2022/6/29 13:13 763文字岸田文雄首相は米バイデン大統領との会談で、防衛費の増額を約束した。自民党はすでに防衛費を国内総生産(GDP)の2%以上にすることを政府に提言していたので、それを実施するという意味だ。その総額は2022年度予算で計算すると約11兆円になるという。つまりは、インドを抜いて米国、中国に次ぐ世界第3位の軍
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豊かさのつくりかた
2022/6/22 13:03 770文字江戸時代の人々は経済的窮地に陥った日本の状況を転換し、豊かな社会を作り上げた。その方法は他国への侵略による国土の拡張でもなければ、大量生産による他国の強制的市場開放でもなかった。 まずは海外への侵略をやめること、内戦を終結させること、新たな外交関係の樹立である。その上で新田開発、農業技術の高度化に
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テリトーリオ
2022/6/15 13:07 773文字日本とイタリアの文化交流の拠点となっている日伊協会で、オンラインの「イタリアワイン文化講座」第4章が始まった。私は1~3章の時にはこの存在を知らず、講座を担当しているソムリエの桜井芙紗子さんと法政大学江戸東京研究センター初代センター長の陣内秀信さんに教えていただき、4章を受講することにした。陣内さ
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女性への真の支援
2022/6/8 13:05 779文字江戸時代、儒学者は三味線の音を「淫声(いんせい)」と呼んだ。心をわくわくさせ心身を高揚させる音であることが「けしからん」というわけである。しかし、歌舞伎に三味線は必須となり、遊郭では夜になると「すががき」という弾きかたで三味線を鳴らし続けていた。淫声は、恋や性愛を美的な領域にまで高める表現のひとつ
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満蒙開拓平和記念館
2022/6/1 13:14 781文字江戸時代の長野県には延べ19もの藩があり、寺子屋の数が多かった。一揆も頻繁だった。識字率も意識も高かったのであろう。 その長野県の阿智村にある満蒙開拓平和記念館を訪れた。ロシアのウクライナ侵略で、これが満州事変とよく似ていることに気づき、改めて考えたくなったのである。ロシアはウクライナの中にクリミ
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沖縄と韓国
2022/5/25 13:04 759文字江戸城には二つの国の使節団が登城していた。朝鮮国からの通信使と、琉球国からの使節である。九州から船や徒歩で遠路はるばる江戸までやってきたのである。 彼らは将軍の賓客(ひんかく)であったから、当然尊重された。朝鮮通信使に至ってはいくつかの藩に特別な料理を準備させた。大坂では、木村蒹葭堂(けんかどう)
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沖縄返還から50年
2022/5/18 13:01 729文字今年は沖縄の本土復帰50周年の年で、15日がその復帰の日であった。私はこのコラムで20回ほど沖縄について書いてきた。慰霊の日が来れば思い出し、琉球処分の日が来れば思い出した。 昨年3月まで法政大学総長であったから、菅義偉前首相と沖縄県の翁長雄志前知事が辺野古問題で鋭く対峙(たいじ)する光景は、特別
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アジア太平洋多文化協働センター
2022/5/11 13:10 773文字ウクライナへの侵略戦争は果てしがない。よく言われることだが、戦争は外交の失敗である。真剣な外交を積み重ねてこそ平和が保たれる。アジア諸国を中心とした日常的な外交拠点が必要だ。私は沖縄こそ、その最適な場所ではないかと思っている。 沖縄は15世紀から東南アジア諸国と交易をおこなってきた。江戸時代まで独
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点字ブロック
2022/4/27 13:13 787文字江戸時代には、目に障害をもつ人々の大きな組織があった。盲人組織「当道座」である。三味線の普及に大きな役割を果たし、鍼灸(しんきゅう)按摩(あんま)の医療技術者集団でもあり、金融業者としても知られ、財力と権力をもっていた。江戸時代では同じ障害をもつ者どうしが自ら結束し、生きるための技能を伝承し、支え
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歴史を知る意味
2022/4/20 13:09 768文字私は歴史を知ることで、自分の考えを柔軟にし、相対化してきたように思う。例えば、一人の市民として現在の憲法をどう考えるべきか、近現代の歴史を参照することで深めることができるのだ。 BS―TBSで放送していた「関口宏のもう一度!近現代史」が3月で終了した。具体的でスリリングな素材を使い対談で進めてきた
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侵略
2022/4/13 13:14 775文字このコラムが掲載されるころ、ウクライナ侵略はどういう局面を迎えているだろうか? 全く予想がつかず、未来が見えない。 日本にとってこの戦争は人ごとではない。被害者としてではなく、侵略する側としてである。日本は爆撃を受け敗戦後に占領下に置かれたことはあったが、米軍に統治された沖縄県以外、軍事によって支
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昭和の着物
2022/4/6 13:04 779文字法政大学国際日本学研究所では、日本に関するさまざまな研究発表を行っている。近ごろでは、経営学部教授の岡本慶子さんの報告「キモノが伝統になるとき―昭和の室町問屋と職人たち―」が経営史の視点から見た染呉服と友禅の歴史で、大変面白かった。 明治から1970年代にかけて染呉服は戦争末期を除いて需要が伸び続
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大正・昭和の吉原
2022/3/30 13:02 807文字昨年、「遊廓(ゆうかく)と日本人」という著書を出し、この欄でも紹介した。本書の内容は、江戸時代と明治時代の吉原についてであった。執筆後、法政大学の江戸東京研究センターに、大正・昭和のころ吉原の貸座敷の経営者だった方の手記が寄贈された。それを記念して3月11日、大正・昭和の吉原についてシンポジウムを
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家内安全の要
2022/3/23 13:03 783文字法政大学江戸東京研究センターがシンポジウム「東アジア近世・近代都市空間のなかの女性」を開催した。日本、韓国、中国の近世から近代初期の都市に暮らす女性たちがどう描かれたのか、というテーマである。そこに見えてきた3カ国に共通する女性の役割が「妾(めかけ)」の存在だった。 十返舎一九に「家内安全集」とい
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小さくなること
2022/3/16 13:11 761文字大英帝国は、今やたくさんの植民地を失って小さなイギリスである。フランスも同様だ。スペインもポルトガルもオランダも、かつては世界の海を制覇したが、今は自らの国の中を発展させている。 日本も敗戦後は旧満州(現中国東北部)、朝鮮半島、台湾、東南アジア各国を失って日本列島の中で生きている。そしてその各国・
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